2026年3月号
シリコンバレーのアクセラレーターが明かす、今挑戦すべき事業

シリコンバレーレポート

米国の有力アクセラレーター、Yコンビネーター(YC)が先月、「Requests for Startups(RFS)」を発表した[i]。これはYCが起業家に向けて、「こんな領域に挑戦して欲しい」と逆提案するリストだ。応募するスタートアップがこのアイデアに従う必要はないが、トップクラスのアクセラレーターが有望と見る領域は、それだけで注目に値する。
日本のスタートアップや事業会社で新規事業を担当している方にとっても、何かヒントが見つかるかもしれない。以下、そのアイデアを取り上げてみたい。

[i] https://www.ycombinator.com/rfs

Requests for Startups(RFS)





(1)プロダクト開発自動化ツール

CursorやClaude Codeといったコーディングエージェントの登場で、ソフトウェアの実装コストは劇的に下がった。しかし、ここで新たな問いが浮かび上がる。「そもそも、何を作るべきか?」
プログラムを生成するのは、もはやAIが得意とする領域だ。難しいのは、その前段階にある。潜在顧客と対話し、本音を引き出す、市場のニーズを正確に読む、フィードバックを整理し、優先順位をつける、解決すべき課題を言語化する、次に作るべき機能を決断する。
これは従来、プロダクト・マネージャーが担ってきた仕事だ。そしてここにこそ、次のAIの出番がある。
現状でも、このプロセスの一部にAIが利用されているが、プロセス全体をサポートするシステムはまだ存在しない。例えばYCが考えているツールは、以下のような感じである。
まず、顧客インタビューの録音・文字起こし、プロダクトの利用データをアップロードし、次に何を作るべきか?とシンプルに聞く。すると、顧客フィードバックの根拠とともに、新機能の概要が提示される。UIやデータモデル、ワークフローへの具体的な変更案を提示し、CursorなどのコーディングエージェントがそのままPick upできるタスクに分解してくれる。
要するに、「顧客の声」から「開発タスク」までを一気通貫でつないでくれるシステムだ。
現在のAIツールのほとんどは、どう作るかの自動化に集中している。 次のフロンティアは、何を作るかの意思決定を支援することだ。 顧客理解から機能定義までをサポートする、AIネイティブなプロダクト開発システム。これが、これからのソフトウェア開発における本質的な競争領域になるだろう。

(2)AIネィティブ・ヘッジファンド

クオンツ運用(定量分析による取引)は1980年代に少数のファンドが市場分析にコンピュータを導入したことから始まった。YCは現在が同様の変曲点に立っており、次世代の巨大ヘッジファンドはAIを基盤として築かれると予測している。
次世代のヘッジファンドは既存の投資戦略にAIを後付けするのでなく、AIを用いて全く新しい戦略を編み出す。そこにこそ、アルファ(市場平均を上回る超過収益)が存在する。
プログラミングの世界では、すでにClaudeのエージェント群(スウォーム)がコードを書き上げるのを目の当たりにしている。今後は、ヘッジファンドのトレーダーが行っている業務、すなわち、10-K(有価証券報告書)、決算会議、SEC(米国の証券取引委員会)提出書類などを精査し、アナリストのアイデアを統合して取引を行う、といったことを、エージェント群が遂行する感じである。AIネイティブなヘッジファンドこそが、これを最初に、そして見事に達成できる。

(3)AIネイティブ・エージェンシー(サービス業)

法律事務所、販売代理店、デザイン制作会社など、人が動いて価値を出す労働集約的なサービス業(エージェンシー・ビジネス)は、人件費が高く、規模を拡大するには人を増やすほかないという構造的な問題を抱えている。YCはAIがこの状況を一変させると見ている。
今や、顧客の業務を支援するためのソフトウェアを販売する代わりに、自らそのソフトウェアを使いこなし、完成した成果物を100倍の価格で販売することで、より高い収益を得ることが可能となった。
例えば、契約締結前にAIを用いてクライアント向けのカスタムデザインを先行制作し、案件を勝ち取るデザイン会社。あるいは、撮影の準備にかかる時間や費用をかけずに、AIで魅力的な動画広告を制作する広告代理店。あるいは、法的文書を数週間ではなく数分で作成する法律事務所。
このような未来のエージェンシーはソフトウェア企業のような姿となり、ソフトウェア並みの利益率を実現するだろう。そして、現在のいかなるエージェンシーよりも、遥かに大きな規模へと成長するだろう。

(4)ステープルコイン・金融サービス

ステーブルコインは、グローバル・ファイナンスの重要なインフラへと急速に進化しつつあるが、その金融サービス・レイヤーの多くはいまだ未構築のままである。
GENIUS法(米国のステーブルコイン規制法案)やCLARITY法(暗号資産の規制の明確化)といった規制は、ステーブルコインをDeFi(分散型金融)とTradFi(伝統的金融)の中間という独自のポジションに位置づけている。これにより、伝統的なコンプライアンスの枠組みの下で運用しながらも、より高い利回りやRWA(Tokenized Real-World Assets:不動産や債券などの現実世界の資産をブロックチェーン上でトークン化したもの)へのアクセスといったDeFiのメリットを享受できる金融サービスの余地が生まれている。

今日、企業や個人は、リターンが限定的な規制下の金融商品か、あるいは実質的なリスクを伴う無規制の暗号資産かの二択を迫られている。
規制上の「ミドルグラウンド(中間領域)」に位置するステーブルコインは、この溝を埋める存在となり得る。それが利付口座であれ、新たな投資機会へのアクセスであれ、あるいは国境を越えた資金移動をより速く、より安価にするインフラであれ、可能性は多岐にわたり、ステーブルコインを活用した新しい金融サービスを立ち上げるのに今が絶好のタイミングとYCは考えている。

(5)行政のためのAI

AIの第一波で、企業や一般市民がかつてないスピードと正確さで行政関連のフォームに入力し、オンライン申請を完了させる一助となった。その一方で、これらの申請書を受け取る側である地方自治体や政府関係機関では、現在も申請書をプリントアウトし、手作業で処理しているのが実情である(米国の話)。今後押し寄せる膨大な業務量に対処するため、政府機関にはAIツールが切実に必要とされている。AIの導入は、行政の費用対効果を大幅に高め、市民へのレスポンスを向上させるというメリットももたらす。
エストニアのような国々でこうした「デジタル政府」の片鱗を目にしてきたが、今後はそれを世界の他の地域にも広げていく必要がある。政府への販売は極めて困難だが、一度最初の顧客を獲得する手法を確立できれば、解約率は非常に低くなり、巨大な契約へと拡大する可能性を秘めている。

(6)現代的な金属工場

米国でアルミニウム圧延材や鋼管を購入しようとすれば、8週間から30週間のリードタイム(発注から納品までの期間)が一般的である。ほとんどの買い手は工場から直接購入することさえできない。また、価格が高騰しているにもかかわらず、工場の利益率は依然として低いままである。
これは需要が弱いからでも、労働者のスキルが低いからでもない。これらの工場を動かしているシステムが、数十年前に設計されたものだからである。
生産計画、スケジューリング、見積もり、そして実行のプロセスが断片化されている。工場はスピードや柔軟性、あるいは利益率ではなく、トン数(生産量)と設備稼働率の最適化を優先している。小ロット生産や仕様変更は、チャンスではなく「混乱を招くもの」として扱われている。

労働力が減少しているだけでなく、自動化も遅れをとっている。資材搬送、段取り替え、検査、品質管理は、いまだに数人の熟練オペレーターが持つ勘と経験に依存している。今の自動化は、作業のムダや品質のバラツキをなくすための工夫ではない。ただ単に、流れの悪い古いラインに、力技で大量の材料を詰め込んで無理やり生産量を増やそうとしているだけである。
エネルギーも問題の半分を占めている。アルミニウムや鉄鋼の製造は極めてエネルギー集約型であるが、ほとんどの工場は旧来の電力契約や融通の利かないグリッド(送電網)に依存している。工場での(オンサイト)発電、よりスマートな電力管理、さらには次世代原子力といった新しいエネルギーモデルは、コストを劇的に削減できる可能性があるが、最初から工場設計に組み込まれることは稀である。

変化したのは、ソフトウェアとエネルギー技術がようやくシステム全体を再考できるレベルにまで達したことである。AI駆動型の生産計画、リアルタイムのMES(製造実行システム)、そして現代的な自動化を組み合わせることで、リードタイムの短縮と利益率の向上を同時に実現できる。
YCは、特にリードタイムの長期化とエネルギーコストの問題が根深いアルミニウム圧延や鋼管の分野において、「ソフトウェア定義型(ソフトウェア・ディファインド)」の現代的なアメリカの工場を建設する好機が訪れていると考えている。工場の現代化は、単にスピードを速めることだけが目的ではない。国産の金属をより安価に、より柔軟に、そしてより収益性の高いものに変え、アメリカの産業基盤を再構築することを目指している。

(7)現場労働のAI副操縦士

AIによるホワイトワーカー業務の代替は盛んに議論されている。しかし、もう一つ巨大な市場がある。フィールドサービス、製造業、ヘルスケアといった身体を使う現場の仕事だ。
今のAIにできるのは、「視覚的に捉え、推論し、実行する人間を導くこと」である。例えば、小型カメラを装着し、AIが人間と同じ視界を共有しながら実務を指示する。「そのバルブを閉めて」「3/8インチのレンチを使って」「その部品は摩耗しているようだ。交換しよう」といった指示ができる。数ヶ月、数年にわたる訓練を必要とせず、AIによるコーチングと必要に応じたスキル習得によって、労働者は即座に戦力となることができる。

なぜ、今なのか?
第一に、マルチモーダル・モデルが現実世界の状況を確実に認識・推論できるようになったこと。第二に、スマートフォン、AirPods、スマートグラスといったハードウェアがすでに普及していること。そして第三に、熟練労働者の不足により、この分野の経済的緊急性が高まり、何百万人もの人々にとって高賃金の仕事となる道が開けていることだ。
アプローチはいくつか考えられる。最も明白なのは、このシステムを構築し、既存の労働力を抱える企業に販売することだ。あるいは、空調設備の修理や看護といった特定のバーティカル(垂直市場)に特化し、AIで強化された「超人的な労働力」を自ら構築する道もある。あるいは、誰もが登録して熟練労働者として働いたり、起業できたりするプラットフォームを構築するのも手だろう。「Claude Code」がプログラミングに与えるようなAIのスーパーパワーを、現場で働く物理的労働者にも提供できるようなサービスは有望である。

(8)大規模空間モデル(Large Spatial Models)

近年のAIの大きな進歩は、主に大規模言語モデル(LLM)によって生まれてきた。ただし、その強みは言葉で表現できる領域に限られている。AIを次のステージへ進め、汎用人工知能(AGI)に近づくためには、空間を理解し、操作できる能力(空間推論)が不可欠になる。
しかし現状のAIは、2Dや3Dの形状、物体同士の位置関係、頭の中で物体を回転させるような思考(心的回転)といったことを、十分に扱うことができない。この弱点が、AIが現実世界を理解し、うまく関わることを難しくしている。だからこそ、言語モデルの延長として無理に空間理解を加えるのではなく、最初から「空間そのものを理解できるAI」を作るチャンスが来ている。
こうしたモデルが実現すれば、AIは現実世界の物体や環境を理解し、設計・操作できるようになる。そして、この領域を制した企業は、OpenAIやAnthropicに匹敵する規模で、次世代の基盤モデルを定義する存在になるはずである。

(9)政府の不正調査のためのインフラ

米国政府は連邦、州、地方自治体レベルで毎年数兆ドルを支出しているが、それに相応する巨額の資金が不正によって流出している。メディケア(高齢者・障害者向け公的医療保険)だけでも、不適切な支払いによって年間数百億ドルを失っている。
こうした資金を大規模に回収するための最も効果的な手段の一つが、虚偽請求取締法(False Claims Act: FCA)に基づく「キ・タム(Qui Tam)」条項である。これは、民間人が政府に代わって、政府を欺いている企業を提訴することを認める制度だ。勝訴した場合、提訴した市民は回収額の一定割合を受け取ることができる。
現状、このプロセスは苦痛を感じるほど時間がかかる。内部告発者が法律事務所に情報を提供した後、その事務所は手作業で書類を収集し、立件までに数ヶ月から数年を費やしている。このプロセスはソフトウェアによって加速されるべきである。内部告発のヒントを受け取り、それに基づき証拠を整理できるインテリジェントなシステムが必要だ。様々なPDFを解析し、不透明な企業構造を追跡し、調査結果を訴状として即利用可能なファイルにまとめる機能が求められる。
すでに自らFCA請求を行うスタートアップも現れているが、内部告発を扱う法律事務所、州司法長官、あるいは監察総監(IG)の業務を劇的にスピードアップさせるツール構築に大きなチャンスがある。

(10)LLMトレーニングを簡単にする製品

大規模言語モデル(LLM)のトレーニングは、依然として驚くほど困難な作業である。AIがこれほど注目を浴びているにもかかわらず、そのツール群(ツールチェーン)はほとんど進化していないのが実情である。不具合のあるSDKへの対応や、故障したGPUインスタンスへのSSH接続、オープンソース・ツールの重大なバグの発見などに多大な時間を費やしている。テラバイト規模のデータの管理、調達、加工、そして可視化といった業務にも多大な時間がかかる。

トレーニングを抽象化するAPI、超大規模データセットを容易に管理できるデータベース、機械学習(ML)の研究を前提に構築された開発環境などのLLMのトレーニングを簡単にする製品が望まれる。ポストトレーニング(事後学習)やモデルの専門化の重要性が高まるにつれ、これらのプロダクトは将来のソフトウェア構築における基盤になる。


以上、YCが考える次世代の事業領域をご紹介した。完全なアイデアではなく、あくまで出発点として、起業や新規事業を検討している方の思考のきっかけになれば幸いだ。
(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

お役立ち資料

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)

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