2025年6月号
空白だった部品製造業に米国スタートアップが台頭

シリコンバレーレポート

製造業の構造をも変える?!部品製造スタートアップが出現

米国の製造業の変革が、部品製造の現場にも波及している。トランプ政権下では、アメリカ製造業の復活が経済政策の柱とされ、海外生産への依存を見直し、国家安全保障と国内の雇用創出を促進する方針が打ち出された。地政学的なリスクが高まる中、グローバルなサプライチェーンの脆弱性が露呈し、米国国防総省は汎用的な部品でさえ国内での調達先を切望している。

これまで、ロケットやドローンなどのハイテク分野では数多くのスタートアップが登場してきたが、これらを支える重要な部品を製造する事業者やサプライチャーンが国内に存在しなかった。しかしいま、AIやロボティクスなど最先端のテクノロジーを駆使して、製造リードタイムを劇的に短縮するなど、既存の業界の常識を打ち破る新世代の部品製造スタートアップが現れ始めている。彼らは単なる自動化による生産効率の改善にとどまらず、米国製造業の構造そのものをアップデートしようとしている。

ワイヤーハーネスの納期を大幅に短縮したSenra Systems社

今月、米国カリフォルニア州レドンドビーチを拠点とするスタートアップのSenra Systems社がワイヤーハーネスの米国内での製造を立ち上げるため、2,500ドル(約36億5千万円)のシリーズAの資金を調達した、という発表があった[i]。
ワイヤーハーネスの製造というと、生成AI等に比べてワクワク感に欠けるかもしれないが、セコイアキャピタル、ジェネラル・キャタリスト、ファウンダーズ・ファンド等、シリコンバレーの超有力ベンチャーキャピタルが投資家に名を連ねている。

Senra Systems社は航空宇宙および防衛産業向けのワイヤーハーネスの製造をターゲットとし、2023年に元SpaceXエンジニアのJordan Black氏とBenjamin Shanahan氏により設立された。
先進的な自動化技術と独自のソフトウェアを駆使して、従来数か月かかっていた複雑なワイヤーハーネスの設計・製造を数週間に短縮するなど、業界の効率と品質基準を塗り替えようとしている。

図1. 技術者による複雑なワイヤーハーネスのアセンブリの様子 (ソース[ⅱ])

[i] https://www.nai-group.com/selecting-a-complex-cable-assembly-supplier/

[ⅱ] https://www.senrasystems.us/media/announcing-our-series-a

きっかけは伸びる需要と進化の止まった製造システム

ワイヤーハーネスは、センサーや通信システム、制御装置などを相互に接続する中核的な役割を果たす。航空機、衛星、ドローンといった防衛関連機器にとって不可欠な部品であり、米国の防衛予算の拡大や技術革新を背景に、その需要は着実に伸びている。

ワイヤーハーネスが接続する製品は急速に進化しているが、ワイヤーハーネス自体の設計と生産は数十年遅れていると言われている。ワイヤーハーネスの製造は労働集約型であり、多くがアジアを中心とする米国外にアウトソーシングされている。

メーカーは、Excel、Visio、PDFなどの旧式のツールを使っており、ミスが起きやすい非効率なプロセスが温存されているのが現状だ。ハーネスはミッションクリティカルな部品であるにもかかわらず、エンジニアが最後に設計し、生産現場では真っ先に必要とされる。そのため、設計から製造までのスピードが極めて重要となる。しかし現実には、ワイヤーハーネスは長いリードタイムと品質のばらつきに悩まされ、航空、宇宙、医療機器といった先端分野において慢性的なボトルネックとなっている。さらに、熟練労働者の減少により、従来のサプライヤーは増加する需要に対応しきれていない。

Black氏とShanahan氏は、SpaceX在籍中にワイヤーハーネスの生産遅延がプロジェクトに与える影響を直に経験した。SpaceXは1,000を超えるワイヤーハーネス製品を使用しており、そのデザインは頻繁に変更する必要がある。これらの課題を解決するため、2023年にSenra Systems社を設立した。

Senra Systems社は、独自の設計ソフトウェア(図2)とアセンブリ(組み立て)をサービスとして提供するモデルで、メーカーがワイヤーハーネスを設計、調達、生産する方法を変革することを目指している。また、これに必要なコンパクトなワイヤー剥離機も開発している。これにより、手作業に依存する従来の製造プロセスを効率化し、生産時間を短縮する。

Senraを利用することで、顧客はコンセプトから完全に組み立てられたハーネスを入手するまで3倍時間を短縮できる、としている。

図2. Senraのハーネスの設計ソフトウェア(同社WEBより)

産業用サプライチェーン領域の近代化のモデルとなるか

Senra Systems社は、今年後半に独自のデザインソフトウェアを立ち上げる計画で、すでにFortune500のメーカー8社を顧客として獲得しているという。現在、100,000平方フィート(9290平方メートル)の南カリフォルニアの新施設で操業しており、月約1,000本のハーネスを製造している。さらに、1年以内に月産10,000本の製造を目指し、今後6ヵ月間でフル生産体制への移行、防衛関連の顧客獲得、自動化システムの性能改善などを進め、防衛産業のニーズに応えるべく信頼性とスピードを向上させていく。

Senra Systems社CEO兼共同設立者であるBlack氏は次のように語っている。「アメリカの製造の未来は、単なる自動化ではなく、その構成、仕組みにかかっている。私たちは、長年見過ごされてきた産業用サプライチェーンの課題を解決するためにSenraを立ち上げた。ワイヤーハーネスは非常に重要で複雑な部品だが、規模の大小を問わず、多くの米国企業がその安定した調達・製造に苦労している。」

Senra Systems社は、米国国内での製造体制の強化と、サプライチェーン・リスクの軽減という課題に正面から取り組んでいる。彼らのビジネスモデルは、部品製造と高収益の両立が可能であることを示す好例であり、これまで見過ごされてきたサプライチェーン領域の近代化に向けた新たな雛形となる可能性を秘めている。

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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