2025年12月号
米国VCが描く2026年の未来予想図

シリコンバレーレポート

2025年も終わりを迎えようとしているが、シリコンバレーの投資家達は来年を見据えている。Sequoia Capital、Andreessen Horowitz(a16z)等の主要な米国ベンチャーキャピタルが描く2026年のトレンド予測をまとめてみた。

1. AIインフラが遅れ、巨額なAI設備投資が時代遅れになる可能性(Sequoia Capital ) *1

Sequoia Capitalは、2026年はマイクロソフト、グーグル、メタ等のハイパースケーラーの設備投資は強いものの、供給網・建設・労働力が遅延リスクになり得る、と見ている。データセンターの建設が遅れ、AGI(汎用人工知能)の実現も遅れる可能性がある。データセンターの用地取得や電力確保(送電網が限界)、冷却設備(液冷など)の設計・施工  • 許認可(特に米国・欧州)、建設人材不足が建設の遅れの原因になる。また、半導体製造の供給制約の問題がある。最先端のAIチップはTSMC(製造)、ASML(EUV露光装置)に依存している。ASMLのEUV装置は一台数百億円で製造に数年を要する。TSMCの先端ファブも建設に5年以上がかかり、技術者の育成が追いつかない。また、両者とも独占的な地位を築いており、生産能力を増やす競争が働かない。データセンターの遅延の事例は2025年第四四半期に既に2、3件発表されている。

シリコンバレーでは、2027年にはAGIが実現するという会話も頻繁に聞かれたが、現在の新たなコンセンサスは、AGIの到来は早くとも2030年代というものだ。今後1年で、この「認識のアップデート」はシリコンバレーの外にも広がっていくとSequoia Capitalは考えている。その影響は多方面に及ぶが、最も注目すべきリスクは、現在ハイパースケーラーが行っている巨額の設備投資が、結果として時代遅れになる可能性があることである。

2. AIの採用は進む(Sequoia Capital)*1

Sequoia Capitalは前述のようなAIインフラの遅れを予想しつつ、一方でAI導入そのものにおいて遅延が生じるとは考えていない。AIブームが落ち着いたとしても、基盤技術への影響はほとんどない。むしろ、優れたスタートアップ企業は売り上げゼロから150億円(1億ドル)に到達するまでの成長スピードがかつてないほど加速している。
2026年には、売り上げが創業時ゼロから1,500億円(10億ドル)規模に成長するケースも現れると見込まれる。過去3年間、そして今後数年間も続く傾向として、スタートアップは未来の経済を支える基盤を一つずつ着実に築いている。新たなニッチ市場を開拓する優れた起業家が数多く存在し、未だ掘り起こされていない大きな価値が各所に眠っている。最高のAIスタートアップは極めて効率的で、従業員1人あたりの収益が100万ドルを超える企業も多い。

これは市場からの需要(プル型)が販売促進(プッシュ型)を上回っていることを示唆している。現代の起業家は「自己改善型」企業を構築している。法務・採用・営業などの業務にAIエージェントを活用し、使えば使うほど価値が高まるエコシステムの好循環を生み出している。
また、AIアプリ企業は、2030年までに新設されるデータセンターの拡大によって、処理コストが下がる恩恵を受け、利益率が改善すると見込まれる。さらに、既存企業がAIを内製で導入・運用することに疲れ始め、その反動でAIスタートアップはますます成長の勢いを強める。

3. チャットボットの消滅とエージェントの台頭 (a16z ) *2

Andreessen Horowitz(a16z)は、これまでChatGPTに「プロンプト」を入力して会話してきたが、2026年にはそのインターフェースが消滅すると予測している。次世代AIアプリはプロンプトを一切表示せず、ユーザーの行動を観察し、自ら介入して実行結果を提示する。
例えば、ユーザーが指示しなくてもCRMが通話終了時にフォローアップメールを自動で作成するなど。AIは指示ではなく意図によって起動されるようになる。

4. サイバーセキュリティー人材採用の変化(a16z ) *3

過去10年でサイバーセキュリティ責任者が直面した最大の課題は人材不足だった。高度な技術者が、ログ確認などの単調なレベル1業務に追われるのは、すべてを検知する製品を導入した結果、確認作業が膨大になったためで、この悪循環が人手不足を深めている。
2026年には、AIが反復的・冗長な業務を自動化し、この悪循環を断ち切る。何を自動化すべきかを判断するAIネイティブツールがセキュリティチームを解放し、彼らは本来注力すべき脅威対応、システム構築、脆弱性修正に集中できるようになる。

5. AIネイティブ大学(a16z) *2

a16zは、2026年には、AIを前提に設計された「AIネイティブ大学」が誕生すると予想している。従来の大学がAIを成績評価やチュータリングなど部分的に導入してきたのに対し、AIネイティブ大学は、教育・研究・施設運営までを知的システムを中核に据えて全体最適化する組織である。授業内容や時間割、教材、学習の順序はデータに基づきリアルタイムで更新・最適化され、学生一人ひとりの状況に適応する。

ASU(アリゾナ州立大学)のOpenAIとの包括提携や、SUNY(ニューヨーク州立大学)でのAIリテラシー必修化は、その前兆といえる。こうした大学では、教授は知識の伝達者から学習体験の設計者へと役割を変え、AIモデルやデータを活用しながら教育を構築する。
評価方法も変わり、AI使用の禁止ではなく、AIをどう使いこなしたかが評価対象となる。AIを設計・コントール・協働できる人材が全産業で求められる中、AIネイティブ大学はそうした人材を育成する拠点となり、新しい経済を支える人材エンジンへと進化していく。

6. アメリカの製造業ルネッサンス(a16z) *1

2026年は、ソフトウェアとAIを中核に据えた米国工場の復活が進む。エネルギー、鉱業、建設、製造といった分野では、工場的思考(factory mindset)で課題に取り組む企業が増える。これは、熟練労働者とAI・自律システムをモジュール化して組み合わせ、本来は複雑で個別最適だったプロセスを、組立ラインのようにスケール可能にするアプローチである。
具体的には、規制・許認可への迅速かつ反復可能な対応、設計サイクルの高速化と初期段階からの量産前提設計、大規模プロジェクトの高度な統合管理、危険・困難な作業を自律化で加速、といった変化が起きる。
ヘンリー・フォードが築いた「初日からスケールと再現性を前提にする」考え方に、最新のAI技術を重ねることで、原子炉の量産、住宅不足を解消する建設、短期間でのデータセンター建設などが可能になり、新たな産業の黄金時代が到来する。イーロン・マスクの言葉を借りれば、「工場そのものがプロダクト」、である。

 

 

主要VCの予測を総合すると、2026年は「期待と現実の調整期」となる可能性が高い。AIインフラの遅延という物理的制約が、過熱した投資を落ち着かせる一方で、AI導入は加速を続ける。この二面性が2026年の本質であろう。チャットボットからエージェントへ、人間中心から自律化へ、そしてデジタルから実世界の産業へ。テクノロジーの基盤は確実に移行している。シリコンバレーの投資家たちは、AGI実現の時期が後ずれする現実を受け入れつつも、長期的な変革への確信を失っていない。結局のところ、2026年も、AIが主役であることに変わりはなさそうだ。

(以上)

(出典)

*1 https://sequoiacap.com/article/ai-in-2026-the-tale-of-two-ais/
*2 https://a16z.com/newsletter/big-ideas-2026-part-2/
*3  https://a16z.com/newsletter/big-ideas-2026-part-1/

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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