2025年10月号
シリコンバレーバンクの空白を狙う新・スタートアップ銀行

SVB破綻が生んだ新たな挑戦
テック界の大物たちが後押しする新銀行構想
Erebor Bankを支えるのは、パーマー・ラッキー氏を中心に、ピーター・ティール氏、ジョー・ロンズデール氏(8VC、Palantir共同創業者)といった、いずれも米テック界・VC界の大物たちである。
パーマー・ラッキー氏は防衛テックのスタートアップのAndurilの創業者で、AndurilはAIと最新のハードウェアの進歩を融合することで米国とその同盟国の防衛能力を根本的に変革することを目的として2017年に設立され、防衛テックでは最も注目されているスタートアップの一つである。同氏は、仮想現実ヘッドマウント ディスプレイであるOculus VR の創設者でもあり、Oculus VRは2014 年に Facebook に 23 億ドルで買収された。
図1. Erebor bankの中心人物パーマー・ラッキー氏(AndurilのWEBより)
ステーブルコイン活用とリスクの両面性
Erebor Bankは、主にスタートアップ向けに、銀行機能(融資、預金サービス中心)+デジタル資産関連機能を提供するが、スタートアップの従業員や、投資家、投資ファンド、仮想通貨アセットを保有する超富裕層も対象とする。ニッチ戦略をとり、「AI×金融」「防衛×金融」など、従来の銀行が踏み込まない領域を狙っている。デジタル専業バンクで、オンライン完結型の銀行として、スピードと柔軟性を前提に構築されている。また、Ereborの本社はオハイオ州コロンバスにあり、金融都市ニューヨークではないのも興味深い。低コストで成長ポテンシャルの高い市場を意識したものだ。
米国の銀行システムへのアクセスを求める米国以外の企業と協力する計画や、顧客が米ドルなどの法定通貨に直接結びついた暗号通貨であるステーブルコインで支払いができるインフラを構築する計画もある。ステーブルコインの取り扱いについて、「最も規制を順守したデジタル銀行」となることを掲げている。
2025年10月15日付で、米国の銀行監督機関であるOffice of the Comptroller of the Currency(OCC)が、Erebor Bankに対し「予備的・条件付き承認」を出したが、その承認に要した期間はこれまでと比べてとても短いものだった。この承認は、いわゆる「デ・ノヴォ(de novo)銀行」としての承認プロセスの中で比較的早期の段階に与えられるもので、実際の営業開始にはFDIC(連邦預金保険公社)の承認などがまだ必要である。
Erebor Bankにはリスクも多い。クリプト分野は依然として法整備が流動的で規制リスクがある。AIや防衛などハイリスク産業に特化しているため、景気変動に弱い。スタートアップ向け融資は貸倒れリスクが高く、信用リスクもある。
政治的論争も巻き起こすスピード承認の裏側
Erebor Bankは、自由な資本主義の象徴と見る向きもあれば、その支援者の顔ぶれから、テック富豪の銀行と批判する声もある。また、創業陣の政治的背景が強く、規制当局や議会からの警戒もある。共和党の大寄付者であるハイテク億万長者のピーター・ティール氏とパーマー・ラッキー氏の2人が支援する新銀行が銀行免許の申請からわずか4か月後というスピード承認を受けたことにも、疑問の声が上がっている[i]。マサチューセッツ州選出で民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員は、「トランプ政権下の金融規制当局は、アメリカの納税者が負担する新たな救済を引き起こしかねず、我々の銀行システムを不安定化させるおそれのあるこの危険な事業への承認を迅速に進めた。」と、声明を出している[ii]。ちなみに、Ereborという社名はJ.R.R.トールキンの著作に由来するが、パーマー・ラッキー氏の防衛テックスタートアップの「Anduril」や、ティール氏とロンズデール氏の「Palantir」も同様である。
Erebor Bankは、SVB破綻後に生まれた「スタートアップ銀行」の再始動である。新政権が国家戦略と位置付ける重要分野で、テック企業と銀行をつなぐ新しい橋を築こうとしており、その挑戦は米国金融界の象徴的実験でもある。まだ実体はこれからだが、Erebor Bankの成否は、AI、クリプト、宇宙・防衛などの国家戦略的次世代テクノロジーと金融が、どこまで融合できるかを占う試金石となるだろう。
(以上)
[i] https://www.msnbc.com/top-stories/latest/erebor-bank-thiel-luckey-warren-trump-rcna238074
[ii] https://www.banking.senate.gov/newsroom/minority/statement-from-senator-warren-on-occ-approval-of-trump-billionaire-allies-new-bank-erebor
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)



2025年10月、米国オハイオ州コロンバスで新しいタイプの銀行が条件付きの予備承認を受けた[i]。その名は Erebor Bank(エレボール・バンク)。
Erebor Bankは、2025年初頭に設立が報じられ、米国のイノベーション分野のテック・スタートアップに特化したデジタル銀行である。設立の背景には、2023年のシリコンバレー・バンク(SVB)破綻がある。SVBが果たしていたスタートアップと銀行をつなぐ役割が消え、Erebor Bankはその空白を埋めようとしている。
Erebor BankはAI、暗号通貨(クリプト)、防衛/製造といった、新政権が国家戦略として位置付ける重要分野を対象とする。特に防衛/製造領域では、先進的な製造、米国国内の技術を主なターゲットとする。
これらの分野のスタートアップが銀行口座を開く際、金融リテラシーの壁にぶつかるケースは多く、Erebor Bankはその痛点を理解している。最先端でリスクの高いスタートアップが通常の銀行に断られるなかで、「理解のある銀行」として機能できれば、創業者や投資家にとって強力な味方になる。
[i] https://occ.gov/news-issuances/news-releases/2025/nr-occ-2025-101.html