2025年8月号
公共安全は次の巨大市場?警察テック・スタートアップが投資の最前線に

150億円もの資金調達を果たしたスタートアップCarbyne社
VCが注目する理由
AI導入による効率化
警察などの法執行および公共安全技術分野にベンチャーキャピタルの注目が集まっている。その背景には、犯罪やテロの増加といった社会的な課題、そしてAIの導入による効率化の可能性がある。例えば、監視ツールの高度化や、犯罪解決の自動化、パトロール配置の最適化などである。
クラウド化による迅速な開発
また、AIと並んで投資を引き付けているのがクラウド化である。ソフトウェアをクラウドベースにすることで、必要に応じたスケーリングや柔軟な運用、コスト削減が可能になる。さらにクラウドを活用すると、データを一元管理しながら、リアルタイムに分析でき、迅速な情報共有が可能になる。結果として、意思決定のスピードと現場の対応効率を大きく高められる。
高まる民間企業への期待と分野の幅広さ
政府や自治体の予算が限られる中、その役割を補う存在として民間のテクノロジー企業、とりわけスタートアップへの期待が高まっている。
実際、Crunchbaseのデータによれば、今年に入って(7月9日まで)、法執行機関と緊急サービス向けのテック系スタートアップが調達した資金は990Mドルに達し、昨年一年の投資額のほぼ倍になっている。
MarketsandMarketsによると、法執行関連ソフトウェアの市場は、2030年までに3,296億ドルに到達し、年平均成長率は10.2%に達すると見込まれている 。特に中国、インド、日本、オーストラリアといったアジア太平洋地域の国々では、公共安全対策のための投資が伸び得ており、大きな成長ドライバーとなっている。
注目される分野は幅広く、リアルタイムでの警察の配車システム、犯罪や事故を予測する分析ツール、AIを活用した監視、デジタル証拠の管理など、多岐にわたる。
参入ハードルの高さゆえの競争優位性
実際に導入が進んでいる地域では、効率向上の実績が出てきており、それがさらに投資への追い風となっている。法執行や公共安全の分野は規制などの壁が高いため、新規参入が簡単ではない。だからこそ、一度導入され成果を出した企業は競争優位性を確立できる点も、VCがこの分野に注目する大きな理由になっている。
その他のスタートアップの例
公共安全、監視技術のFlock Safety社
2025年3月、公共安全、監視技術のFlock Safety社は約4千億円(2億7500万ドル)を調達し、会社の評価額は約1.1兆円(75億ドル)に達した。同社の監視カメラは車両のナンバープレートや特徴(車種、色、ステッカー等)をAIで解析する。太陽光パネルで動作し、設置も容易である。盗難車や犯罪関連車両の特定に活用されている。
Flock Safety社は銃声検知システムも提供し、5秒間の音声クリップをAIで分析し、銃声を検知して警察に通知する。ドローンを現場にいち早く配置し初期対応を行うサービスも提供しているほか、個人追跡を可能にするプラットフォームも開発中である。
課金はサブスクリプションモデルで、メンテナンスやトレーニング費用が含まれ、警察、自治体、企業、学校など幅広い顧客に展開されている。実績として犯罪が56%減、強盗が52%減、などが報告されている。
図2. Flock Safety社の監視カメラ(同社WEBより)
警察向けAI分析プラットフォームPeregrine社
Peregrine社は警察向けAI分析プラットフォームを開発しており、2025年3月にSequoia Capital主導のシリーズCで約280億円(1億9000万ドル)を調達し、会社の評価額は約3、700億円(25億ドル)に達した。複数の異なるデータソースを統合し、安全性を担保しつつ一元化、検索やマップ、ネットワーク図など、使いやすいインターフェースでデータをリアルタイムで可視化できる。全国の州・地域レベルまで40以上の公共団体・自治体が導入しており、犯罪統計、犯罪傾向の解析、警察官の健康モニタリングなど、多様な機能を提供している。データを元に戦略立案、リスク分析、事件捜査、現場配置を迅速化、例えば、アトランタ警察では暴力犯罪件数を21%削減、殺人事件解決率も向上したという効果が出ている。PeregrineのCEO兼共同創業者であるニック・ヌーン氏は、米国の国防総省やCIA、FBIなどの政府機関にデータ分析ソリューションを提供しているパランティア社の出身である。
テック企業が作る未来の公共安全
これまで、警察などの法執行機関は、古いシステムを使い続けていたため、新しい技術を導入するのは難しい分野とされてきた。ところが近年、クラウドやAIの進化、そして公共安全へのニーズの高まりを背景に、米国ではスタートアップが続々と参入し、市場は急速に広がりつつある。VCの投資も加わり、スタートアップの成長を一層加速させている。法執行テック、ポリステックは、もはやニッチではなく、未来の公共安全を形づくる最前線に躍り出ている。
(以上)
[ⅱ] https://www.prnewswire.com/news-releases/carbyne-raises-100-million-in-funding-to-accelerate-ai-powered-emergency-response-and-intelligence-302518401.html
[ⅱ] https://finance.yahoo.com/news/law-enforcement-software-market-worth-141500394.html
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)

警察などの法執行機関向けのスタートアップが米国のベンチャーキャピタルの注目を浴びている。2025年7月31日、日本の「110番」、「119番」に当たる緊急ダイヤル通信を近代化するスタートアップCarbyne社が約150億円(1億ドル)の巨額の資金調達を発表した 。創業以来の資金の総調達額は約370億円(2億5000万ドル)にのぼる。同社の「APEX」はクラウドプラットフォームで、公的安全機関で時代遅れとなった昔ながらのインフラを置き換える。
APEXを使えば、AIが緊急通報を受け付けた瞬間から、誰をどこに派遣するか、どのリソースを使うかまでを即時にサポートしてくれる。同社は過去1年間で驚異的な成長を遂げており、APEXの年間売上(ARR)は前年比477%増、APEXプラットフォームの顧客数は105%増を記録した。
Carbyne社は、既存のシステムにAIを“後付け”しているのではなく、最初からAIを中心に据えたプラットフォームをつくっている。このAIは数百万件もの緊急通報データで訓練されており、その実力はすでに現場で証明されつつある。
図1. Carbyne社のAPEXプラットフォーム(同社WEBより)
同社のAIバーチャルエージェントは、人手不足が課題となっているコールセンターを支える存在である。定型的な問い合わせや緊急度の低い通報をAIが処理してくれるので、人間のオペレーターは本当に緊急性の高いケースに集中できる。
さらに、通話中にリアルタイムでデータを分析し、次に取るべき行動をAIが提案してくれる機能も搭載。多言語に対応しているため、通話内容を瞬時に翻訳したり、文字起こししたりすることも可能である。加えて、通報者とは動画やチャットでもやり取りでき、位置情報などのリアルタイムデータも受信可能。これにより、オペレーターはより多くの情報を手にしながら、迅速に行動を決められるようになっている。実際に導入された現場からは、オペレーターの応答時間が大幅に短縮されたという報告も出ている。