2025年9月号
米IPO・SPAC市場、政策テーマで復調の兆し

ここ数年、関税によるボラティリティの影響を受けていた米国資本市場におけるIPO (新規株式公開)が、2025年秋、復調の兆しを見せている。
ベンチャーキャピタルが投資、支援したスタートアップ企業のIPOが続き、これまで低迷していたSPAC(特別買収目的会社)も再び脚光を浴びている。
IPO市場全体は依然として選別的であるが、AI・暗号資産・防衛・宇宙・エネルギー(原子力)といったトランプ政策のテーマを背景に、市場に新たな波が到来している。
米国IPOの現況
トランプ政権の政策方針と連動する株価
2025年のIPOはトランプ政権の政策方針と密接に連動している。政権が重視する分野であるAI・暗号資産・防衛・宇宙が優遇されている。ステーブルコイン発行大手のCircle社は、約1600億円(約11億ドル)を調達し、6月5日にニューヨーク証券取引所に上場した。IPO価格1株31ドルだった株価は、初値69ドル前後で始まりその後急騰、暗号資産関連企業の中でも異例の成功を収めた。
AIクラウドのインフラのCoreWeave社は、3月下旬に上場、約15億ドルを調達したが、取引開始から数週間でIPO価格を下回るまで下落した。しかし、その後はテック株とAI関連株が上昇したことや、力強い売上成長とガイダンスのおかげで株価が急上昇した。現在の株価は約120ドルと、公開価格のほぼ3倍にまで達している。
2026年に上場が見込まれるメガユニコーンと投資家の厳しい目線
2026年に注目される上場候補としては、OpenAIとSpaceXが予測されている。両社は現時点で十分な資本を確保しているように見えるものの、初期投資家の換金需要に応えるため上場に踏み切る可能性がある。さらに、AI分析のリーダーであるDatabricksや、フィンテック企業のStripeも有力な候補である。Databricksは直近の資金調達において約15兆円(1,000億ドル)の企業評価額を獲得した。有力な上場候補はこれにとどまらず、ロボアドバイザーのWealthfrontや暗号資産関連のGrayscale Investmentsなどの上場も見込まれている。
PitchBookによれば、2025年上半期には10社のユニコーンが上場を果たし、これは2021年以来の高水準となった。これらのIPOは市場に一定のリターンをもたらしたものの、多くはプライベート市場での過去の評価額を下回る価格での上場となっている。
PitchBookの分析によると、2025年のIPO市場は2021年と比べて投資家の選別基準が大幅に厳格化している。上場企業の財務基盤は一段と強化され、平均売上は8.3億ドルに達し、そのうち4社は10億ドル超を記録した。黒字化率も改善し、IPO企業の25%が黒字となり、2021年の12%から倍増した。投資家が重視する条件は「高収益・高成長・黒字化」へと明確にシフトしており、その結果、市場に迎え入れられる企業は一層厳しく絞り込まれている。
SPACの復活
SPACは「ブランクチェックカンパニー」とも呼ばれ、IPOで資金を調達し、通常2年以内に未公開企業と合併して上場させる仕組みで、2021年に大ヒットした。直近2年間は、規制強化、SPAC合併後の業績不振、金利上昇が重なり、投資家需要が冷え込み、多くのSPACが解散に追い込まれた。
ところが、2025年は、IPOの復調と株式市場の上昇を背景に、SPAC市場が再び活性化している。SPAC Insiderによると、2025年は89件のSPACによるIPOが実施されており、2021年以来で最も活発な年となっている。2021年のピーク時には613件のSPACが上場しており、その水準には及ばないものの、明確な回復傾向を示している。2025年上半期のSPACによるIPO発行額は130億ドル超に達し、2024年を上回る勢いを見せている。IPO全体に占める割合も26%から37%に上昇した。
2020~2021年のバブル期と比べ、現在のSPACは大きく進化している。まず、投資家保護が強化され、インセンティブ設計や開示ルールが改善された。さらにスポンサーの質も向上し、実績ある投資家や金融機関が主導する案件が増えている。また、SEC(米証券取引委員会)の監督強化を織り込んだ透明性の高い設計が採用されるようになった。
最近のSPACでは暗号関連が目立っており、例えば、トランプ大統領のメディア企業のトランプ・メディア&テクノロジー・グループ(TMTG)と仮想通貨取引所のCrypto.comはSPACのヨークビル・アクイジションと合併、上場する計画を持つ。暗号資産投資家で起業家のアンソニー・ポンプリアーノ氏はSPAC合併で1,000億円超(7.5億ドル)の調達をし、ProCap Financial社を上場予定である。最大10億ドル相当のビットコインを保有し、貸付・取引・資本市場サービスの提供を計画している。
SPACについては市場に再び熱狂が広がりつつある、と期待される一方、過去の教訓(業績不振や投資家損失)を踏まえると、今回の復活が持続的なトレンドとなるかどうかはまだ不透明である。
まとめ
2025年の米国IPO市場は復調の兆しを見せている。政権が重視するAIや暗号資産、防衛、宇宙といった分野で大型案件が相次ぎ、来年にはOpenAIやSpaceXといった「メガユニコーン」の上場観測も強まる。
一方で、投資家の基準は厳格化しており、黒字化や収益基盤の強さを備えた企業のみが市場に迎え入れられている点は2021年との大きな違いだ。加えて、SPACも規制強化を経て再び勢いづいており、IPOと並ぶ選択肢として存在感を取り戻しつつある。
IPOとSPACは相互補完的に機能し、企業は事業特性や市場環境に応じて上場戦略を柔軟に選択できるようになりつつある。
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)

9月に入って、後払い(BNPL – Buy Now, Pay Later)決済サービスのKlarna社、暗号資産取引所のGemini社、公共交通機関向けのソフトウェアのVia社、ブロックチェーンのFigure社、サイバーセキュリティのNetskope社等が上場し、いずれも初日に大幅な株価上昇を記録した。
ルネサンス・キャピタルによると、今年に入り156社がIPOを通じて株式市場に上場した。これは前年同期の99社、2023年の76社から大幅な増加傾向であり(図1)、これらの企業が調達した資金298億ドルは、昨年の296億ドル(図2)をすでに超えている。ルネサンス・キャピタルは、年末までにさらに40〜60社のIPOを予測している。
図1. 米国IPOの数の推移(9/21現在:ソース:ルネサンス・キャピタル)
図2. 米国IPOの調達額の推移(9/21現在:ソース:ルネサンス・キャピタル)