2023年1月号
夢のエネルギー核融合のブレークスルー

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今号では核融合の商業化実現に希望の持てるニュースを紹介しています。

核融合テストで「途方もない科学的ブレークスルー」達成

相次ぐIT企業のレイオフで重苦しい雰囲気のシリコンバレーだが、クリスマス前に明るいニュースがあり、久しぶりに盛り上がった。

サンフランシスコから車で東へ約1時間のローレンス・リバモア国立研究所の科学者たちが、核融合のテストで「途方もない科学的ブレークスルー」を達成した、という発表があった[i]

核融合で初めて投入した量より多いエネルギーを生み出すことに成功した。2.05メガジュールのエネルギーを投入し、核融合反応から3.15メガジュールのプラスの出力を得ることができた。

核融合

図1.  核融合(米国エネルギー省のWEBより)

[i] https://www.energy.gov/articles/doe-national-laboratory-makes-history-achieving-fusion-ignition

放射性副産物が生成されない夢のエネルギー

原子力発電所は、核融合でなく核分裂を使っている。

核分裂は、ウラン235のような重い同位体を2つの小さな同位体に分割する。
核分裂は同位体の中心に小さな弾丸を発射するようなもので、同位体が不安定になり分裂する。そして、分裂すると放出される膨大な量のエネルギーを電気に変えている。
ただし、核分裂には長寿命な放射性副産物を生成してしまうという大きな問題もある。

核融合では、逆に小さな同位体を結合して大きな同位体を形成する。
通常、最小の元素である水素の同位体を結合させてヘリウムへ変換する。この反応は、核分裂反応に比べて膨大なエネルギーを放出し、かつ放射性副産物を生成しない。地球上の人口太陽、カーボンフリーの未来を切り開く夢のエネルギーと言われている。

核融合の商業化実現に向けて

ローレンス・リバモア国立研究所でのこれまでの道のりは決して平坦なものではなかった。13年間で200回近く挑戦したという。

投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを取り出すプロセスは「Ignition:点火」と呼ばれている。
同研究所のNational Ignition Facility (NIF) は、「点火」を目指して 35 億ドルで建設された。NIFのレーザーは、世界で最もエネルギーの高いものの 1 つであり、それを192 個所有している。
失敗が続き、NIFの頭文字をもじって「点火しない施設(Not Ignition Facility)」と揶揄されていた。

核融合は、比較的簡単に起こる核分裂とは大きく異なり、水素同位体は融合に対して非常に耐性があり、これらを強制的に融合させるには、とてつもない圧力と高温 (数百万度)が必要となる。必要十分に熱く、十分に密集し、十分に速く、十分に長く保つことができれば、核融合反応は自律し始める。12 月 5 日にこの状態を作ることに成功した。

NIFの装置

図2. NIFの装置 (ローレンス・リバモア国立研究所のWEBより[i]

国だけでなく民間企業も核融合に力を入れている。米エネルギー省のジェニファー・グランホルム長官によると、昨年民間から核融合プロジェクトに約30 億ドル(4千億円弱)が投資されている。
バイデン大統領は 2030 年までに核融合の商業化を達成するという目標を発表した。

[i] https://www.llnl.gov/news/national-ignition-facility-achieves-fusion-ignition

投資を集める核融合関連のスタートアップ

ベンチャーキャピタルも核融合関連のスタートアップに大規模な投資を行っている。

最近の例だと、マサチューセッツ工科大学(MIT)発のCommonwealth Fusion Systems(コモンウェルス・フュージョン)がシリーズBで18億ドル、Helion Energy(ヘリオンエネルギー)がシリーズEで5億ドル、カリフォルニアのTAE TechnologiesがシリーズGで2億5000万ドルの資金を調達している。

上場企業もこれらのスタートアップに投資しており、イタリアのエネルギー会社 Eniは、コモンウェルス・フュージョンに 5,000 万ドル以上を投資し、取締役会にも社員を送り込んでいる。
アルファベットとシェブロンは、TAE Technologies の今年の 2 億 5000 万ドルの資金調達ラウンドに参加した。 TAE は 2014 年からグーグルと提携しており、機械学習とデータサイエンスを活用して研究を進めている。TAE は、2030 年代初頭までに核融合炉の商業化を目指す、としている。

国際プロジェクトも進んでおり、フランスでは核融合実験炉イータ (ITER) を建設中である。
ITERは、トカマク原子炉設計を使用しており、高温・高密度状態(プラズマ状態)になった重水素と三重水素の燃料を磁場で閉じ込める。ITER 原子炉は 2025 年にスイッチを入れることを目標としている。

核融合の商業化はまだ道半ば

ローレンス・リバモア国立研究所の今回の発表は大きなブレークスルーであるが、核融合を商業的に実行可能な産業にするにはまだまだ時間がかかりそうである。
モルガン・スタンレーの2022年12月20日のレポート[i]によると、豊富で持続可能なエネルギー源として核融合が使えるのは、少なくとも10年先、数十億ドルの投資が必要である、としている。

核融合のプロセスには大量のエネルギーが必要で、現時点では非常に非効率的である。
今回、2.05 メガジュールから3.15 メガジュールの出力を取り出したことが注目されているが、レーザーに電力を供給するのに約 300 メガジュールを必要とした。1,000 ワットの電化製品を約 60 分間稼働させるために使用されるエネルギー量が、約 3.6 メガジュールに相当する。すなわち、「100 分の1の光しか発しない電球に例えられる。」と、モルガン・スタンレーのグローバル サステナビリティ・リサーチ・チームの責任者のスティーブン・バードは指摘している。

専門家によると核融合が普及するのはまだまだ急速な技術の進歩が必要で、2040年以降、専門家によっては2060 年か 2070 年になるようだが、核融合が成功すれば、産業革命以来のエネルギーの最大の変化になる。
今回の実験の成功は初期的な一歩かもしれないが、その意義は大きい。

(以上)

[i] “Nucler Fusion: Still a Long Road From Breakthrough to Viability” https://www.morganstanley.com/ideas/nuclear-fusion-energy-outlook

 

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