2026年6月号
Amazonベゾスの次の本業、謎のAI企業「Prometheus」とは

シリコンバレーレポート

今月、Amazonの創業者ジェフ・ベゾスが共同CEOを務めるPrometheus社がシリーズB(Series B)で120億ドル(約1.9兆円)を調達し、評価額が410億ドルに達したと複数メディアが報じた。New York Postは、Goldman Sachs、BlackRock、JPMorgan Chaseなどが関与し、ベゾス本人も投資したと報じている。
まだ謎が多い会社だが、製造・エンジニアリング・研究開発領域の知能化をターゲットとし、産業AIの基盤となることを目指しているようである。報道ベースでは、同社はすでに約150人規模のチームを抱え、AIシステムを用いてジェットエンジンや医療機器のような複雑な製品の設計・製造期間を大幅に短縮しようとしている。文章を書いたり、コードを書いたりするAIではなく、AIロボットでもない。「物理法則を操る天才AI」である。

ベゾスの動向

ベゾスは2021年にAmazonのCEOを退任し、現在はExecutive Chairの立場にある。Andy JassyがAmazon.comのPresident and CEOであり、AWSを創業時から率いていた人物である。ベゾスは2000年にBlue Originという宇宙関連企業を立ち上げ、公式サイトでは「何百万人もの人々が宇宙で生活し働く未来を、地球のために実現する」というビジョンを掲げている。Blue Originは、再利用ロケット、宇宙輸送、月面着陸機、宇宙ステーション、軌道上プラットフォームなどに取り組んでいる。New Glennの発射施設LC-36には10億ドル超が投じられ、Blue Originは大型ロケット、宇宙インフラ、NASA関連プログラムに深く関わっている。ただし、Blue Originはベゾスの所有・支援色が強い一方、現在の運営トップはDave Limpである。
Prometheusが特別なのは、ベゾスが単なる資金提供者ではなく、共同CEOとして関与している点である。Amazon以来、最も直接的に経営の前面に出る企業となる。Blue Originは宇宙へのアクセスを実現するハードウェア・インフラ企業であり、Prometheusは物理製品を生み出す知能を開発するAI企業である。

イーロン・マスク対ジェフ・ベゾスのAI競争

一方で今月、SpaceXが上場し、さらにSpaceXはAIコーディング・エージェントCursorの親会社Anysphereを600億ドルの全株式交換で買収すると報じられた。SpaceXはCursorをxAIやGrokの強化に活用するとみられている。イーロン・マスクは、Teslaでロボティクスと自動運転、SpaceXで宇宙と通信インフラ、xAIで基盤モデル、Xでデータと配信を押さえている。イーロン・マスクはAIを単体で捉えるのではなく、ロケット、衛星、ロボット、自動車、コード生成、計算資源、モデル開発を束ねる垂直統合スタックとして捉えている。

PrometheusはLLMでもロボットでもない「物理法則を操る天才AI」

ベゾスはPrometheusについて、「私たちはロボットとは一切関係がない」と言い切っている。ChatGPTのようなLLMでもなく、テスラのヒューマノイドでもない。では、Prometheusとは一体何なのか。
ベゾスはPrometheusがターゲットにしているものを「アーティフィシャル・ジェネラル・エンジニア」と表現している。直訳すると「人工汎用エンジニア」であるが、物理法則を操る天才AIといったところだろうか。例えば、ジェットエンジンの効率をわずか10%向上させるだけでも、人間のエンジニアがシミュレーションと試作を繰り返し、通常は10年の歳月がかかると言われている。PrometheusのAIは、物理法則(熱力学、構造力学など)を完璧に理解した「ワールドモデル」をベースに、この設計・試作のプロセスを10倍高速化することを目指す。
工場で部品を組み立てるロボットをつくるのではなく、PrometheusのAIが狙うのは、組み立てる前の設計、シミュレーション(構造、流体、熱、材料など)、最適化(コスト、耐久性、製造可能性など)、実験計画などである。航空宇宙、半導体、医療機器などの非常に複雑なハードウェア開発がターゲットになっている。ベゾスは宇宙にはBlue Originで取り組んでいるが、「Prometheusの技術はBlue Originを大いに助けることになるだろう。しかし、この会社はそれ自体が『巨大なアイデア』であり、独自に注力する価値がある」と述べている。つまり、特定分野の設計・開発ツールとしてではなく、世界の製造・インフラ全体の設計・開発を塗り替える「次世代のインフラ」にしようとしている。共同CEOは元Google Xの科学者ヴィック・バジャジ(Vik Bajaj)で、さらにOpenAIやDeepMind、MetaなどからトップクラスのAI研究者が引き抜かれ、サンフランシスコ、ロンドン、チューリッヒの拠点で開発を進めている。

ベゾス「AIが人手不足を引き起こす」

今月、パリで開催されたテックイベント「VivaTech」に登壇したベゾスは、AIが人間の仕事を奪うという世間の恐怖論に対して、真っ向から反論した。「多くの人が、AIによって人間の仕事がなくなると心配しているが、私は完全に反対だ。むしろ、AIは労働力不足(人手不足)を引き起こすだろう」
ベゾスの理論はこうだ。AIによって生産性が爆発的に向上すると、社会全体の富が増え、新たな産業や人間の想像力を必要とする仕事が無限に生まれる。その結果、やりたいことに対して「人間の労働力が足りない」という状態になる。現在のテック業界のレイオフの波を見ると直感に反するように思えるが、彼が見ているのは、Prometheusが物理世界をアップデートした後の未来かもしれない。
Prometheusは、ベゾスにとってAmazonに続く第2の大きな産業的賭けである。Amazonが小売業をEコマースで再構築したのに対し、Prometheusは産業の物理設計・シミュレーション・製造をAIで再構築することを狙っている。Prometheusは、「AIがコードを書く」から「AIが物理世界の製品を設計し、検証し、つくる」へのパラダイム転換である。ベゾスがAmazon以来のCEO級コミットメントを見せていることを踏まえると、Prometheusは単なるAIブームへの参加ではなく、次の20年の産業インフラを取りに行く試みとも考えられる。

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

お役立ち資料

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
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