AXの教科書
その仕事は、なぜ”人間”がやっているのか
〜自社業務の前提を問い直し、AXの出発点を見つける〜

AXの教科書

その仕事は、なぜ"人間"がやっているのか

その仕事は、なぜ"人間"がやっているのか

前回、AIを「ヒト・モノ・カネに次ぐ第4の経営資源」として捉えるべきだとお伝えしました。今回は、その経営資源ともいえるAIを活かし、「AX(=AI Transformation)」を成功に導くために、まず踏み出すべき「一歩目」について解説します。

「どの業務にAIを使えるか」は、間違った問い

AIに関心を持った経営者の多くが、こんな思考をたどります。「AIには何ができるのか。それを、自社の業務に当てはめるとどうなるか」。

一見すると合理的です。しかし、このアプローチには大きな落とし穴があります。既存の業務を起点にAIの使い道を探すと、ほぼ確実に「今やっている作業の小さな改善」で終わってしまうのです。

たとえば「自社の請求書処理にAIを使えないか」と考える。すると「OCRで読み取って入力の手間を減らす」という結論になります。それ自体は悪くありませんが、これではAXの本質にはたどり着けません。

本当に問うべきは、逆の問いです。

「そもそも、この仕事はなぜ人間がやっているのか。」

こう問い直してみると、驚くほど多くの業務について、明確な理由がないことに気づきます。「昔からそうだったから」「人間にしかできないと思い込んでいたから」。それが、大半の業務の正直な答えなのです。

業務を3つのカテゴリに分けてみる

この問いを実務に落とし込むには、シンプルなフレームワークが役立ちます。すべての業務を、3つのカテゴリに分類してみてください。

ここで大事なのは、「もし完璧なAI、完璧なシステムがあったとしたら」という仮定から考え始めることです。技術的な制約やコストの問題はいったん脇に置いて、まず原理的に考える。そのうえで、現実の制約を重ねていく。この順番が重要です。

カテゴリ定義
A人の本質業務 — 代替できたとしても、人間がやるからこそ意味がある仕事
B今は人が担うべき業務 — 本当はAIに任せたいが、制度・SLA・データ基盤の制約で人が橋渡ししている業務
CAI・システムに任せる業務 — 原理的にAIで成立する業務。人が時間を使い続けるのは経営上の怠慢

カテゴリA「人の本質業務」

これは、どれだけAIやシステムが進化しても、人間がやるべき仕事です。技術的に代替できないからではありません。代替できたとしても、人間がやるからこそ意味がある仕事です。

たとえば、顧客との信頼関係の構築。AIが完璧な提案書を作れたとしても、「この人だから取引を続けたい」「この会社を信じたい」と思わせる力は人間にしかありません。感情を届け、共感し、信頼を積み重ねる。これは人間の本質業務です。

経営の意思決定もここに入ります。AIが最適解を提示したとしても、「この方向に会社を賭ける」という覚悟を持って決断を下すのは、経営者という人間の仕事です。株主に、社員に、顧客に対して責任を負うのは人間だからです。

社員の育成や動機づけもそうです。AIが最適な研修プログラムを設計できたとしても、「あの人についていきたい」「この会社で成長したい」と感じさせるのは、人間同士の関わりから生まれるものです。

カテゴリAの業務は、AIが進化すればするほど、むしろ人間が担う価値が際立ちます。AXの究極の目的は、経営者や社員の時間をこのカテゴリAに集中させることだと言ってもいいでしょう。

カテゴリB「今は人が担うべき業務」

本当はAIやシステムに任せたい。しかし、現時点では人が対応せざるを得ない業務です。

カテゴリBに業務を押しとどめている「制約」は、ひとつではありません。実務に当てはめてみると、少なくとも次の4種類が混在しています。

制約の種類一言で言うと
技術的な制約AIの精度・データ・システム連携が、まだ実用に耐えるレベルに達していない
社会的・制度面の制約
法令・業界規制・社会通念が「人による判断」を求めており、AI判断だけで完結できない
SLA・運用面の制約顧客との契約上、最後は人間がチェック・承認する仕組みを担保する必要がある
組織文化・体制面の制約社内の慣習や責任分掌、心理的抵抗から、人がやり続けている


それぞれを簡単に解説します。

①技術的な制約。 AIの精度がまだ十分でない、または、AIに渡すべきデータが社内に蓄積されていない、システム間の連携が整っていない──といった技術基盤の問題で、人間が橋渡しをしているケース。本来は機械でも判断できるはずだが、足元のテクノロジーやインフラの成熟度が追いついていないために、暫定的に人が見ている領域です。

②社会的・制度面の制約。 法令や業界規制、社会的な説明責任の観点から、「人間が確認・判断した」という記録が求められるケース。融資審査の最終判断、医療行為に関する確認、法的文書の承認、契約締結時の意思表示などが該当します。法律や社会通念が「人の判断」を要求しているうちは、テクノロジーがどれだけ進化してもここは動きません。

③SLA・運用面の制約。 顧客や取引先と取り交わしているサービス品質保証(SLA)や運用ルール上、人間によるチェック・修正・最終承認を担保しなければならないケース。AIが作成した見積もりを人間が最終確認する、AIが一次対応した問い合わせを人間がフォローする、といった「最後は人が見ます」が約束として組み込まれている業務がここに入ります。

④組織文化・体制面の制約。 技術的にも制度的にも問題はないのに、「自社はベテランが見るのが当たり前」という社内慣習や、AIに権限を委譲することへの心理的抵抗、責任の所在を整理しきれていない組織体制によって、人がやり続けている業務です。実は経営判断ひとつで動かせる領域ですが、文化や体制を変えるには相応の時間と意志が必要になります。

カテゴリBの重要な特徴は、時間とともに変わるということです。今日カテゴリBにある業務が、半年後にはカテゴリCに移行するかもしれない。AIの精度が上がる、法規制が追いつく、社内のデータ基盤が整う、組織文化が更新される──そうした変化によって、カテゴリBの範囲は着実に縮小していきます。

だからこそ、「今は人がやるしかない」と割り切りつつも、「いつカテゴリCに移せるか」を常に意識しておくことが大切です。同時に、4種類の制約のうちどれが効いているのかを見極めると、解消の打ち手も自ずと違ってきます。技術なら投資、制度なら業界・行政との対話、SLAなら契約見直し、文化なら経営の意志──このマッピングを頭に置くだけで、AXの動かし方の解像度は大きく変わります。

カテゴリC「AI・システムに任せる業務」

定型処理、データ入力、文書作成、議事録、Webリサーチ、社内データリサーチ、システム開発(コーディング)、単純な分類・集計、情報の転記、スケジュール通りの通知配信。こうした業務に人間の時間を使い続けることは、AX時代においては経営上の怠慢です。

ここで重要なのは、カテゴリB「今は人が担うべき業務」をなるべくこのCに移行させるべく行動することです。今すぐ移行できなくても、「この業務は本質的にカテゴリCだ」と認識しておくだけで、投資判断や優先順位の決定が変わってきます。

この棚卸しは「一回きり」ではない

このフレームワークを使ううえで、もう一つ忘れてはならない前提があります。

3つのカテゴリの割合は、数ヶ月から数年のスパンで大きく変わります。

1年前にはカテゴリBだった業務が、AIの進化でカテゴリCに移行する。法改正によって、これまで人間の確認が必須だった業務が、電子的な処理で認められるようになる。自社のデータ基盤が整ったことで、人手に頼っていた集計業務がAIに任せられるようになる。

逆の動きもあります。新しいリスクが顕在化して、これまでシステムに任せていた領域に人間のチェックが必要になるケースもあるでしょう。

だからこそ、この棚卸しは定期的に見直す前提で行うものです。「一度やったら終わり」ではなく、「今この瞬間の最適な割り振りを判断する」ための、経営のルーティンとして位置づけてください。具体的な見直しのサイクルについては、第5回・第9回で詳しくお話しします。

人間が本質業務(カテゴリA)に集中したとき、働き方はこう変わる

カテゴリBとCの業務から人間が解放されたとき、カテゴリAに集中できる時間が生まれます。このとき起きるのは、ただの「業務効率化」ではありません。働き方そのものが、職種を問わず大きく変わっていきます。

いくつかの職種を例に、その変化のイメージを描いてみましょう。

飲食店の場合

仕入れ管理、シフト調整、売上集計、発注書類の作成、販促対応といったバックオフィス業務をほぼ自動化することで、店主や料理人は、こだわった調理や接客にいま以上に時間を割けるようになります。あるいは、その時間を仕入れ先である農家さんとの直接のやり取りに充て、食材の背景や生産者の物語を皿の上に乗せる──そんな働き方も現実味を帯びてきます。「人がやるからこそ価値が出る仕事」に時間を充てることができるでしょう。

営業の場合

提案書のたたき台作成、報告書の整理、顧客データの集計、CRM入力といった作業から解放された営業担当は、顧客との接点に最も多くの時間を使えるようになります。単なる物売りや情報伝達役ではなく、顧客の頼れるパートナーとして、業界動向を一緒に読み解き、課題の根本に踏み込み、ときには競合他社の選択肢まで含めて伴走する。「君が担当してくれたから買ったんだ」と言われるような、商品ではなく人で選ばれる関係を築くこともできます。

システム開発の場合

仕様書の整形、テストコードの一次生成、定型的な実装、運用監視の一次対応──こうした作業がAIに移ることで、エンジニアは社内で開発に没頭するだけの存在ではなくなります。顧客接点を持ち、お客様と直接対話して、システムのあるべき姿を一緒にディスカッションできるようになる。要件を「もらう」のではなく、ビジネスの文脈から「一緒に決める」働き方に変わっていきます。

業種は違っても、起きていることは共通しています。AIに任せられる仕事はAIに任せ、人間は「人間がやるからこそ価値が生まれる仕事」に時間を投じ直す。 その結果、効率が上がるだけでなく、職場での役割そのものが上書きされていきます。

これが、AXの本当の果実です。効率化は副産物に過ぎません。人間が本質業務に集中できる環境を作り、結果として働き方そのものを再設計していくこと。それがAXの目的です。

規模や業種が違ってもAXの本質は同じ

ここからは、3つの会社を頭に思い浮かべながら、業務を3カテゴリに仕分けていく思考プロセスをイメージしてみましょう。あくまで例え話として読み進めてください。

例①:従業員30名の製造業

ある金属部品メーカーが、見積もり作成に営業担当が1件あたり2時間をかけている、とします。図面を読み、過去の類似案件を調べ、材料費と加工費を計算し、利益率を勘案して価格を決める。社内では「熟練した営業担当でなければできない仕事」と信じられている、という状況です。

ここで社長が、ふと問いかける。「この見積もり作業、なぜ人間がやっているんだっけ?」

分析してみると、見積もり作業の大半は「過去データに基づく計算」だとわかる。これはカテゴリCです。一方で、「この顧客にはどの価格帯で提案すべきか」という戦略判断や、「この案件を受けることで次の大型案件につながる」という関係構築はカテゴリA。そして「特殊な材料の場合にAIの計算が合っているか確認する」工程は、データが十分蓄積されるまでは人が見る必要がある、カテゴリBです。

過去5年分の見積もりデータをAIに把握させ、計算部分をAIに任せる。営業担当は、顧客との関係構築と戦略的な価格判断という本質業務に集中できるようになる。

例②:従業員500名の地方銀行

融資審査の書類チェックに、担当者が1件あたり数時間を費やしているとします。決算書の数値確認、業界データとの照合、過去の融資履歴の確認。正確さが求められる一方で、大半は定型的な確認作業です。

3カテゴリで整理してみます。数値チェックや基本的なリスクスコアリングはカテゴリC。金融規制上「人間が最終判断を行った」記録が必要な審査承認プロセスは、現時点ではカテゴリB。そして「数字に表れない事業の可能性を見極める対話」── 経営者の人柄、事業への情熱、地域における役割を総合的に判断する行為 ── はカテゴリAです。

AIによる一次スクリーニングでカテゴリCの作業を自動化すれば、審査担当者はカテゴリAの「経営者との対話」に集中できるようになる。融資先の満足度と審査精度が同時に向上する筋道が見えてきます。

例③:従業員3,000名の大手人材サービス業

全国200拠点でカスタマーサポートを展開する企業があるとします。対応品質のばらつきが長年の課題で、ベテランスタッフの対応は素晴らしいけれど、そのノウハウが属人的で共有されていない ── そんな状況です。

ここで3カテゴリで棚卸しをしてみます。応答の初回対応、過去の対応パターンに基づく回答提案はカテゴリC。手続き対応や複雑な問い合わせは、AIの精度がまだ十分でないためカテゴリB(人間が対応しつつ、AIは補助ツールとして使う)。そして、顧客の感情に寄り添い、不安を解消し、「この会社に任せてよかった」と思ってもらう対話はカテゴリA(どんなにAIが進化しても、人間が担うべき本質業務)。

AIが膨大な対応履歴を分析し、対応中のスタッフに参考情報をリアルタイムで提示する仕組みを導入すれば、スタッフはカテゴリAの「感情を届ける対応」に集中できる。顧客満足度の全国平均を底上げしつつ、ベテランスタッフはさらに高度な対応に力を注げるという好循環の輪郭が見えてきます。

3つの想定に共通するのは、「なぜ人間がやっているのか」という同じ問いから出発している、という点です。企業の規模は30名から3,000名まで大きく違いますが、この問いの力は変わりません。

おわりに:問いを変えると、経営の景色が変わる

AXの出発点は、特別なツールでも、最先端のAIモデルでもありません。「この仕事はなぜ人間がやっているのか」という、たった一つの問いを自社の業務にあててみることです。

その問いの先に、3カテゴリへの分類が生まれます。カテゴリAは人にしか担えない本質業務、カテゴリBは時間とともに変化する移行領域、カテゴリCはAIに任せられる非感情業務 ── この三層構造を頭の片隅に置いて経営を見直すと、これまで「人がやるしかない」と思っていた仕事の中に、別の選択肢が見えてくるはずです。

そして、この棚卸しは一度で終わるものではありません。AIの進化、法制度の変化、社内データ基盤の整備によって、カテゴリの境界線は絶え間なく動き続けます。だからこそ、「前提を疑う」ことを単発のプロジェクトではなく、経営のルーティンとして位置づけることが、AX時代を生き抜く企業の条件になっていきます。

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次回(第3回)では、この棚卸しを正確に行うために不可欠な「AIの現在地」を、経営者の視点で整理します。AIに何ができて、何ができないのか。その解像度がなければ、カテゴリBとCの線引きは正しくできません。経営者に求められる「AI目利き力」について、お話しします。

著者

茨木雄太

茨木 雄太氏

アンドドット株式会社 代表取締役
2017年頃からソフトウェアエンジニアとして様々な業界の新規事業開発に携わる。2020年にject株式会社を設立し、新規事業開発支援を通して企業成長。2023年に生成AIに特化したアンドドット株式会社を設立。
法人生成AI活用普及協会(GUGA) 協議員 / 情報経営イノベーション専門職大学 客室教員 / ”Nasa Space App” 最優秀賞 /“QTnet TUNAGU ” 最優秀賞