SDGs経営塾 第4回「SDGsとイノベーションの関係」

SDGs

 私たちビジネスパーソンは、2020年からのコロナ禍を通して、時代の変化の大きな境目を体感中です。その「大きな変化の”大元”がいったい何か」に気づくことで、新しい未来と新しい経営の風景がきっと見えてきます。

 特に、SDGs成長経営には “将来のありたい姿”を明確に持つことが求められます。
本気で明確な”将来のありたい姿”がある経営とそれに迷いのある経営では、次の一手のスピードとパワーが大きく違ってきますね。

 本SDGs経営塾では、多くの経営者の方々に“SDGs成長経営”の心得と方法を、私の実体験を絡めながら『しる→わかる→かわる』の流れでお伝えしていきます。想像力・創造力の喚起に少しでもお役に立てれば幸いです。

「イノベーション」の事例-①

 SDGs成長経営の分母は「共通価値の創造」であり、それは、“イノベーションの構造”と同じあることを前回お伝えしました。イノベーションとは、 “既存の「モノやコト」が新しく結びつき、それが新しい価値として社会的に受け入れられて経済が発展している状態”のことです。
今回は、本業をSDGs成長経営にシフトするための参考として、イノベーション事例を3つの図解でご案内します。
 一つ目は、スティーブジョブズが創造した“iPhone”です。2007年のiPhoneの登場は、私たちのライフスタイルを変え、新しい市場・新しい文化を創りましたね。
 それでは、iPhoneの新結合の図解(図1)をご覧ください。
 それまで別々に持ち歩いていた、iPod、デジカメ、電話、通信、ボイスレコーダー等が新しく結びつき、それが生活者の新しいライフスタイルとして社会に受け入れられました。
“iPhoneという新しい全体”が生まれることで、圧倒的な価値が生まれ、新しい市場/文化が生まれました。
 それは、細胞が集まると筋肉等の組織になり、組織が集まると脳や臓器という器官になり、器官が集まると生体となり“命(新しい全体)”が生まれるという構図と同じです。
重要なことは、「創造的な人々の知性を増進する道具を届けたい」というスティーブジョブズの熱い想い(本気)がベースにあって、それが1ランク上の新しい全体(赤枠)を創ることの原動力になっていることです。

図1 共通価値の創造

「イノベーション」の事例-②

二つ目は、私が前職でプロデュースした「ピュアモルトスピーカー」(図2)です。
ホームオーディオ業界は、1989~90年がピークで、それから急激に右肩下がりの局面をむかえ、次の一手が求められていました。1995年、当時私が39歳の時に新社長に直訴して、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」を立ち上げることができました。
 新プロジェクトで掲げた熱い想い(本気)は、“異業種コラボレーションで、オーディオ事業の新しいライフスタイルを次々に創る”ことでした。当時は、異業種コラボレーションの黎明期でしたが、100社くらいの企業とのコラボレーションをして、次々とヒット商品を生み出しました。(異業種コラボレーションとは、別々の企業が新結合によって、自社だけではできない新しい価値、新しいライフスタイル、新しい市場を生み出すことです)
 その第一弾が、サントリーとパイオニアのコラボレーションによる「ピュアモルトスピーカー」です。
 ウィスキーの樽材は、100年の樹齢のオーク材を使用しています。樽材として50年くらい使うと、香りや色が少なくなって、ウィスキー樽材としての価値がなくなり廃材となります。100年の樹木なので、木としてはまだ50年間使えて、家具やプランター等に活用されていたのですが、それをスピーカーのキャビネット(箱)として組み込んでみたら、豊潤で芳醇な音を再生しました。
 早速、サントリーの経営企画の友人にコンタクトして、試作品を持参して役員の方達に視聴していただくと感動の声があがりました。そのことが、佐治敬三会長との会談(図2)につながり、両社の本格的なコラボレーションの始まりになりました。
図3の赤枠の中には、「100年の樹齢の樽物語」と「両社が共有する“響”に込めた物語」というストーリーが詰まっています。ピュアモルトスピーカーは、オーディオユーザーの気持ちを大きく揺さぶりました。ヒット商品には、素敵な物語が不可欠です。
 この“ピュアモルトスピーカー”は、3大紙に取り上げられ限定1000セットはすぐに完売しました。そして、「エコロジー(社会価値)×エコノミー(経済価値)」の両立商品として数々の賞をいただき、次のピュアモルトスピーカー・シリーズの弾みとなりました。
そう、ピュアモルトスピーカーの創出は、いま思えばSDGs取組みの先駆けでした。


図2 ピュアモルトスピーカー


図3 イノベーション事例-②

「イノベーション」の事例-③

 3つ目は、文房具製造・メーカーである北星鉛筆株式会社のイノベーション事例です。
杉谷代表取締役の素敵なメッセージの一部を記します。 
「私は、常に鉛筆の存続価値を追及してまいりました。
鉛筆業界は、時代の流れの中にあってその縮小傾向は止めようがありません。
しかし、私は鉛筆のもつ魅力や可能性を信じ、“新たな鉛筆文化の創造”を提案するとともに、鉛筆メーカーとして環境に配慮した“循環型鉛筆産業システムの構築・事業化”に取り組んでいるところです。」
 循環型鉛筆産業システムとは、鉛筆製造の工程で出る資源を有効活用し、地球環境保護に役立てようという取組みであり、その第一号として開発されたのが木製粘土「もくねんさん」(図4)です。
図4の本業の「鉛筆の存続価値の追求」と、右側のSDGsの目標⑫「つくる責任 つかう責任」が新結合して、人体や環境に優しい粘土「もくねんさん」が生まれました。乾くと木になる“おがくず粘土”は、年間4千万円を売り上げたそうです。
現在、同社では鉛筆製造で出るおがくずを100%有効活用されていて、1割を「もくねんさん」に使用し、残りを合成木材・土壌改良剤や猫砂にして出荷されているそうです。
 おがくずをゴミとして有料で廃棄する経営と、ゴミとしてではなく有効資源として活用して利益を出し続ける経営(=サーキュラーエコノミー)のどちらが顧客から“評価”され、“支持”されるのかは自明ですね。
「本業を通じて、と言っても全くSDGsと関係のない仕事をしていてできない」という声をよく聴きます。本業(左側)とSDGs(右側)を新結合(化学反応)させるときのコツなのですが、17の目標のさらに奥に潜んだ原因や問題点を考えると、SDGsと紐づく自社の事業や実践できることが必ず見つかります。
 「目標11 住み続けられるまちづくりを」では、住み続けられないような課題や問題はなんだろうと考える。「目標9 産業と技術革新の基盤をつくろう」なら、産業で遅れている点を抽出してみる。
このように17の目標の奥にある原因や要因を導き出して、本業の強みとつなげることで、自社のSDGsのテーマが見つかります。是非、トライしてみてください。


図4 イノベーション事例-③

赤枠のダイヤモンド領域が意味するもの

 イノベーションの3つの事例をご覧いただきました。
この3つに共通することは何でしょうか?少し、時間をかけて検討してみてください。

 ここでは、共通項の二つをピックアップします。
 一つ目は、“本業だけではなく広い視野でモノゴトを見ていること”です。
一所懸命で狭まった視野を先ずは解き放ってみてください。そうすると、さまざまな自縛の制約が外れて本業の可能性が広がってきます。
 別々のものを組み合わせて、“新しい全体”をつくると圧倒的な価値が生まれる可能性が高まります。それは、未開・未踏の領域なので早い者勝ちです。ボーっとしていられませんね。
 SDGsは、2030年までに解決したい“17の社会課題”が並んでいます。本業と社会課題(SDGs)の両方を視る思考(=デュアル思考)が経営者には求められます。
 そして、新結合して新しい全体を創りだす。人間に例えれば、男と女が出会って、合体して赤ちゃんという“新しい全体(命)が誕生する”というイメージでしょうか。
赤枠のiPhoneやピュアモルトスピーカー、もくねんさんは新しい全体(命)です。
成長経営とは、新しい全体を創造することに他なりません。

 二つ目は、心の底に“熱い想いがあること”です。
一つ目の新しい全体を創る原動力が心の底にある“熱い想い”です。(図5)
「待ったなし」「何とかしたい」という強い気持ちや考えが心の底までしみ込んだ時に、自分の内側が“本気の自分ゴト”のモードに変わります。
経営者の皆さんが、SDGs17の目標をみて、“本気の自分ゴト”になれるかどうかで経営の成果は大きく変わってきます。経営者が“自分ゴト”になれなくて、社員が“自分ゴト”にはなれませんよね。自分の心に響く強い関心のあるテーマを是非探求されることを望みます。
私の拙いプロジェクト経験から、新しい全体に挑戦すると、それは新しいことなので様々なハードルが出現して大変なのですが、本気・自分ゴトのゾーンに入っていると、新しい全体の創出によってユーザーが喜んでいる顔が浮かんできて、苦しさよりもワクワクの楽しさが上回ります。
その本気はコラボレーション先の関係者にも伝わり、思いもよらないセレンディピティ(=素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること)に何回も遭遇することになりました。

さて、図5をご覧ください。本業とSDGsに“橋(ブリッジ)”をかけています。
①は、熱い想いがなく本業とSDGsをただ紐づけている平坦な状態です。
②は、自分ゴト化が弱い状態ですが、挑戦されている状態です。
③は、燃える集団ができている状態です。
①は見せかけだけで、イノベーション(価値創造)は起きません。③は経営者と社員が燃える集団となって、圧倒的な価値を創出して、SDGs成長経営を具現化している状態です。
③に挑戦される会社が増えれば増えるほど、より良い未来と成長経営に近づきます。
それは、これから社会人になる若い人たちの笑顔につながってくると思いませんか。

今回はイノベーションの基本構造と3つの事例をご案内しましたが、それは、別々のモノゴトを横(空間軸)に配置して、新結合でブリッジして、新しい全体(1ランク上の価値創造)を創出することでした。
新価値創造研究所では、この“広い知”からの価値創造を“空間軸のイノベーション”と命名しています。次回は、事業の“本来と将来”を豊かにする“時間軸のイノベーション”をご案内します。

図5 橋をかける

次回のトピック

→事業の“本来と将来”を洞察する
 1.時間軸のイノベーション  
 2.時間軸のイノベーション事例

執筆者

橋本元司(はしもと・もとじ)

新価値創造研究所代表。SDGs成長経営コンサルパートナー・2030SDGs公認ファシリテーター

パイオニア株式会社で、商品設計や開発企画、事業企画などを経験後、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」のリーダーとして、ヒット商品を連続でリリース(サントリー社とのピュアモルトスピーカー等)。独立後、「新価値創造」を使命として、事業再生、事業開発、人財開発、経営品質改革を行い多種多様な企業を支援している。