SDGs経営塾 第10回「両利きの経営」

SDGs

 私たちビジネスパーソンは、2020年からのコロナ禍を通して、時代の変化の大きな境目を体感中です。その「大きな変化の”大元”がいったい何か」に気づくことで、新しい未来と新しい経営の風景がきっと見えてきます。

 特に、SDGs成長経営には “将来のありたい姿”を明確に持つことが求められます。
本気で明確な”将来のありたい姿”がある経営とそれに迷いのある経営では、次の一手のスピードとパワーが大きく違ってきますね。

 本SDGs経営塾では、多くの経営者の方々に“SDGs成長経営”の心得と方法を、私の実体験を絡めながら『しる→わかる→かわる』の流れでお伝えしていきます。想像力・創造力の喚起に少しでもお役に立てれば幸いです。

顧客価値の創造

 ピーター・F・ドラッカーは、「企業の目的は、“顧客価値を創る”ことである」(図1)と言いました。その原則通り、持続的に顧客価値が創れないと企業(事業)は右肩下がりになることは自明です。SDGs成長の基本です。
 「顧客価値の創造」とはイノベーション(=新結合)と共にあること、企業は変化に適応して、新しい価値を創造し続けなければ生き残れないことをこのコラムでは何回もお伝えしてきました。そして、いま立ち現れている大きな変化(トランスフォーメーション)の中心が『SXとDX』の二つの分野であることもお伝えしてきました。
・SXは、第3回コラムの図1(共通価値の創造)や事例で示したように、「本業(経済価値)」と「SDGs(社会価値)」の新結合です。
・また、第8回コラム「SXとDX」の図3(Society5.0)は、SXとDXが新結合した新しいビジネスモデルの創出です。
 私たちは、地球の生態系の持続、会社/社会の持続のために、上記二つの新結合による新事業や戦略事業の立案・実践が必然であるという認識が必要です。
図1 企業の目的は?

両利きの経営

 そのような新事業や戦略事業が求められている時代に、「両利きの経営」という本が2019年に出版され、ビジネスパーソンの支持・共感を得てベストセラーになりました。そして、本年7月に増補改訂版も刊行されました。
 「両効き(ambidexterity)」とは、右手も左手も利き手であるかのように、それぞれがうまく使える状態を意味しています。
 その表紙と帯には、
「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く
既存事業を深め、新規事業を育てる「両利き」こそ、DX・コロナ時代を生き抜く知恵だ!
と記されています。
 私は20年前に、前職の総合研究所・新規事業開発部の部門で、「二兎を追う」戦略の構想と実践に直接関わってきたので、「両利き」そのものには目新しさを感じていませんが、コロナ禍ではっきり姿を現した「SXとDX」という二つのトランスフォーメーションによって、多くの経営者のビジネス環境認識が「二兎を追わなければならない、待ったなし」に追い込まれているように感じます。

 さて、私が「両利きの経営」の本の中で、「SDGs成長経営」と関係が深いと思う3点をピックアップします。
“成熟事業”でうまく競争しながら、同時に自社の強みを活かして“新しい成長事業”に移行するかという「組織における両利きの経営」が中心のテーマであること(図2)
「なぜ成功している企業にとって、目の前で起こっている変化に対応し、イノベーションを起こすことが難しいのか?」についての洞察があること
③具体的に、イノベーションを「市場」と「組織能力」の二軸で分類して説明していることが経営者の参考になること
 上記項目のそれぞれについて図解や複数の具体例があることで、経営者にとって自社成長事業の構想と実践のヒントになるものが必ずあると思いますので、一読することをお薦めします。

図2 両利きの経営(知の深化&知の探索)

イノベーションの流れ

 さて、上記③の項目はイノベーションを「市場」と「組織能力」の二軸で分類しています。
縦軸:これまで事業を展開してきた既存市場か、新規市場か
横軸:これまで用いてきた組織能力を使うか、それとも新しい組織能力が必要か
 2軸でできる四象限の領域をシンプルに編集したものを図4にアップしますが、SDGs成長経営実現の道筋整理には有効に思います。
 第5回コラムで、「将来のありたい姿」を創出する方法をお伝えしましたが、実際の企業支援の中では、“2030年のありたい姿”として、これまでの“既存市場の枠”から出て、結果的に新規事業の領域Dを希求する経営者が多くなっています。
 左下領域から右上の新規市場(領域D)へのアプローチは魅力的なのですが、その実現には“構想力”、“イノベーション力”、“新しい組織能力”が求められてくるのがわかります。結構たいへんです。
 その3つの力を発揮してありたい姿を実現するためには、第7回コラムに示した経営者の本気の「世界観」と「リーダーシップ」が肝要であることを企業支援の中で体感してきました。
図3 イノベーションの流れ

Harf & Harf Revolution

 さて、私の師匠である谷口正和氏が、コロナ禍の2020年12月に「二分の一革命(Harf & Harf Revolution)」を上梓されました。
 内容的には、「両利きの経営」と同様に、
・構造モデルそのものの変革
・「既存事業と新規事業」の両立
を記しているのですが、「両利きの経営」は“経営”が軸足で、「二分の一革命」が“地球社会・未来・心”が軸足という違いがあります。

 参考に、一部抜粋編集します。
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 コロナ禍が今回与えてくれたのは、固定化したように見えたものが、一瞬で変わることができると教えてくれた。チャンスに満ちた時代がきていることに気づかせてくれた。
・いったい我々は何をしようとしているのか? 
・何を解決しようとしているのか?
 この“原点への問い”であり、それが課題解決の道標になる。・・・

一般論や成功のノウハウなど、検索すれば答えがでてきてしまうようなものに大きな価値はない。軸足にすべきは自らの興味や関心であり、あなたの内側にある悩みや疑問にこそ価値がある。これこそが我々が回帰した立脚点である。・・・
 
 過去は磨きをかけ半分にせよ。
未来には二分の一の希望を込め、次々と仮説を立ち上げよ。・・・
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 いかがでしょうか。
「両利きの経営」を左手に、「二分の一革命(Harf & Harf Revolution)」を右手にもって、その両方が利き手になること、それを新結合することで、1ランク上のバランス良い新しい全体が見えてくると思っています。
 新しい全体を両手に持って、いまできる“種まき”を共に始めましょう。

執筆者

橋本元司(はしもと・もとじ)

新価値創造研究所代表。SDGs成長経営コンサルパートナー・2030SDGs公認ファシリテーター

パイオニア株式会社で、商品設計や開発企画、事業企画などを経験後、社長直轄の「ヒット商品緊急開発プロジェクト」のリーダーとして、ヒット商品を連続でリリース(サントリー社とのピュアモルトスピーカー等)。独立後、「新価値創造」を使命として、事業再生、事業開発、人財開発、経営品質改革を行い多種多様な企業を支援している。