2026年8月号
米国の超富裕層に広がる子供向け“承継”サマーキャンプ

超富裕層の子供たちは何を学ぶのか
資産だけでなく価値観を受け継ぐ
R360社が対象にしているのは子供だけでない。親世代にもサービスを提供している。ただし、R360社自体は資産運用会社やファミリーオフィス(資産家一族の資産管理を専門に行う組織)ではない。招待制・会員制のコミュニティを運営し、資産家同士の交流、家族間の資産承継、次世代への教育、社会貢献などを総合的に支援する。創業者のチャーリー・ガルシア氏が100以上の超富裕層にヒアリングを重ねて作り上げたもので、従来の資産家クラブと異なり、家族全体と世代を超えた継承を重視して設計されている。限定1,000家族(米国500家族、海外500家族)を会員の上限としている。
資産があれば、入会できるわけではない。起業家精神、好奇心、寛大さといった価値観を共有できること、そして他の会員に自分の経験などで貢献できることが求められる。入会時には審査があり、この審査は非公開で行われる。会員2名以上からの推薦、1時間の面接、経歴確認・バックグランドチェック、行動評価などを経る必要があり、これまでに少なくともビリオネアーの家庭が2家族、審査に落ちたという。新規会員を増やすための営業や勧誘は禁止されており、現在、会員は米国を中心に200家族ほどが参加しているようである。金融資産だけでなく、知性、社会性、人間性、感情、精神といった見えない資産を増やすことも重視している。一般的なプライベートバンクが資産をどう運用するかに主眼を置くのに対して、R360社は「資産を持つ家族が、どうすれば幸福に、意味を持って、世代を超えて繁栄できるか」を大切にしている。
次世代教育を事業の中核に据えるR360
R360社が会員に提供するサービスは、大きく(1)会員同士の交流(ピア・コミュニティ)、(2)家族向け支援、(3)投資、(4)体験型プログラムの4つに分けられる。少人数の「チャプター・ミーティング」では、家族関係や事業承継、人生、健康などについて会員同士が信頼できる場で率直に話し合う。著名な投資家や専門家と市場動向・機会を議論する機会、人生の目的を考える支援、家族会議の開催支援、ツアー/アドベンチャー型イベント、趣味を通じたサークル活動なども用意されている。家族の歴史や創業者の人生を映像作品として記録し、次の世代に伝えるサービスもある。そして、最大の特徴といえるのが、次世代教育プログラム「Rising Leaders(ライジング・リーダーズ)」だ。金融知識や社会的な責任感を身につけさせるため、子供同士のネットワークづくり、合宿型イベント、体験型プログラムなどを提供する。成功した親の影に隠れてしまう「Big Shadow Syndrome(大きな影症候群)」への向き合い方、友人・恋愛関係と資産の関わり方、自身のキャリア構築といったテーマも扱う。R360社にとって次世代教育は付随的なサービスではなく、事業の中核に位置付けられている。
R360社のウェブサイトでは、2012年のハーバード・ビジネス・レビュー誌の記事が紹介されている[iii] 。それによると、家族経営の企業のうち、3世代を経ても一族の手に残っているのはわずか10%に過ぎないという。事業に失敗して財産を失うケースもあれば、会社を売却して大きな富を得ても、それを受け継いだ世代が使い果たしてしまうケースもある。R360社の経営陣は、こうした「呪い」を断ち切りたいと考えている。
図1. R360社が重点を置く家族中心主義(同社WEBより)
[iii] https://theharrispoll.com/reports/americas-great-wealth-transfer/
広がる富裕層向け承継教育
米国では超富裕層の間で、次世代への教育に対するニーズは高まっている。R360社に限らず、多くの銀行やマルチファミリー・オフィス(複数の資産家一族向けに資産管理サービスを提供する組織)、会員制組織が、独自の次世代向け「ウェルス・コーチング・プログラム」を提供している。バンク・オブ・アメリカは、傘下のメリルリンチを通して、昨年秋、資産1,000万ドル(約16億円)以上を持つ顧客の子供を対象に、3日間のブートキャンプを開催した。120人の順番待ちがあるほどの人気だったという[iv]。
メリルリンチの「Merrill Center for Family Wealth」は、家族の資産や価値観を維持するためのさまざまなテーマについて専門家に相談できる場を提供し、他の家族が同じような課題にどの取り組んでいるかを共有する。このファイナンシャル ブート キャンプは、ペンシルバニア大学ウォートン校、UCLA アンダーソン経営大学院、ジョージタウン大学マクドノー経営大学院などと協力して開発された。
創業家やオーナー企業に戦略アドバイスと長期資本を提供するシカゴの BDT & MSD Partners社は、顧客の子供向けに、1週間のサマーキャンプを開いている。講師には、ウォルマート創業者の孫に当たるルーカス・ウォルトン氏などを招いている。
米国では2048年までに124兆ドルともいわれる巨額の資産が次の世代へと引き継がれると予測されている[v]。こうした中、単なる資産管理にとどまらない、次世代への教育の重要性はますます高まっている。今後も様々な教育プログラムが生まれてくるだろう。米国発のこうした試みは、日本の資産家家族が自らの家族経営や資産承継のあり方を考える上でも、参考になるかもしれない。
[iv] https://finance.yahoo.com/small-business/articles/camps-teaching-trust-fund-kids-181914652.html
[v] https://theharrispoll.com/reports/americas-great-wealth-transfer/
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。





米ウォール・ストリート・ジャーナルによると[i]、この夏、超富裕層家庭の子供達を対象にした3日間の合宿型サマー・プログラムが、極秘で開催された。十数人が参加し、親から受け継いだ財産をどう引き継ぎ、目的のある人生を送り、資産を役立つ形で使っていくかを学ぶことが目的である。主催したのはR360社。1億ドル(約160億円)以上の資産を持つ家族のための会員制コミュニティを運営する会社だ。
R360社の夏のプログラムは年齢別に用意されている。最年少グループは6-8歳で、年長の年齢層(10代前半や18~25歳)向けには、より実践的なテーマが扱われる。例えば、「お父さんが会社を数百億円で売却した」というニュースを友達に見られた時にどう対応するか、経済的に余裕のない友人たちとどう休暇を過ごすか、資産目当てに近づいてくる人をどう見分けるか、といった内容だ[ii]。慈善活動や起業など、自分自身の人生の目標を見つけ、それに向かって努力することなどが教えられる。プログラムを通じて、同じような環境で育ち、同じような悩みを抱える仲間に出会い、自分を理解してくれる生涯の親友を見つけることも、参加者にとって大きな意味を持つ。
[i] https://www.wsj.com/lifestyle/careers/r360-novus-rich-kid-seminar-5cbb657a
[ii] https://www.thetimes.com/money/family-finances/article/raise-billionaire-children-save-fortune-financial-parenting-advice-money-krh8bl7r2