2023年9月号
米国でのリチウムイオン電池リサイクル事業の幕開け

シリコンバレーレポート

米国ではリチウムイオン電池のリサイクルの技術を持つスタートアップの競争が激化している。これらの新興企業は通常、古いバッテリーや製造プロセスで発生する廃材を分解し、化学プロセスを用いて新しいバッテリーに再利用できる部品を製造している。
最近、この分野のスタートアップ企業が立て続けに巨額の資金調達を発表しており、注目を集めている。

投資が集まるバッテリーリサイクルスタートアップ

8月29日、レッドウッド・マテリアルズ社が、10億ドル(約1,470億円)の資金調達を完了したことを発表した。
同社は元テスラ最高技術責任者のJB・ストラウベル氏により設立され、バッテリーと電子廃棄物のリサイクルに取り組んでいる。ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、T.ロウ・プライス、キャタピラ、マイクロソフトの天候イノベーションファンドなど多くの有力な投資家が参加した。
今回の株式調達により、レッドウッドの調達総額は 約20 億ドル(約2,940億円)近くに達した。

その8日後、別のリチウムイオン電池のリサイクル企業であるアセンド・エレメンツ社が米国エネルギー省からの4億8,000万ドル(約700億円)に加えて、シリーズDで5億4,200万ドル(約800億円)を調達したと発表した。
米大手資産運用会社のブラックロックとシンガポール政府系ファンドのテマセクが立ち上げた「Decarbonization Partners (脱炭素化パートナーズ)」等が出資した。

中国からの依存脱却を目指すバイデン政権のクリーンエネルギー戦略

バイデン政権はクリーンエネルギーの戦略的優先項目として、米国内でのバッテリーの材料、鉱物の供給を増やし、中国への依存から脱却することを掲げている。
インフレ抑制法では、EVを購入する消費者は電気自動車税額控除が得られるが、そのEVは米国内/米国友好国で製造される必要があり、EV電池材料の国内生産とリサイクルの促進が狙いとなっている。
米国エネルギー省の融資プログラム局は、2021年以来、米国のEVバッテリーメーカーに100億ドルを超える融資を提供してきたほか、バッテリー材料生産施設、リチウム採掘・加工プロジェクト、バッテリーリサイクル業者への支援も提供している。

米国エネルギー省は、今年6月に消費者向け製品からのバッテリーのリサイクルに 1 億 9,200 万ドルを超える新たな資金提供、先進的なバッテリー研究開発 (R&D) コンソーシアムの立ち上げ、および2019年にスタートした革新的なリサイクルソリューションに対して贈られるリチウムイオン電池リサイクル賞の継続を発表した[i]
リチウム電池市場は、電気自動車と定置型エネルギー貯蔵装置の需要により2030年までに最大10倍に増加すると予測されており、これを支援するために消費者向け電池の持続可能かつ低コストのリサイクルに投資することが不可欠と述べている。重要な材料の安全で回復力のある循環型の国内サプライチェーンを構築する、としている。

[i] https://www.energy.gov/articles/biden-harris-administration-announces-192-million-advance-battery-recycling-technology

環境への配慮からリサイクル技術の開発が加速

リサイクルに資金が集まっているのは、アメリカでは新規の鉱山開発が難しくなっているという事情もある。環境破壊への懸念から地元の強い反対運動に直面し、プロジェクトの進捗は遅れ、稼働までに10年以上かかってしまう。

アセンド・エレメンツは2015年に設立され、リチウム電池をリサイクルし、正極活物質 (CAM) と前駆体正極活物質 (PCAM) を生産している。
アセンド エレメンツのリサイクル バッテリー材料は、炭素排出量を最大93% 削減しながら、リサイクルでないものと同等の性能を発揮するという。また、同社の化学プロセスは、さまざまな種類の部品を供給するために容易に変更できる点が特徴である。アセンドの施設は再生可能な電力で稼働しており、化学薬品も再利用している。

現在、ケンタッキー州に最大10億ドルを投じて大規模な製造工場を建設中である。
アセンドはホンダやSKバッテリーアメリカなどとリサイクル資源の調達で提携している。米国南東部には、SKのパートナーであるフォード・モーター、現代自動車、新興企業のリビアン・オートモーティブなど工場を建設している。自動車製造拠点の近くでリサイクル金属を確保することで生産規模を拡大しながら、これまで必要だった金属採掘、加工、出荷のための排出量を削減する。

リチウム電池のリサイクル

図1. アセンドのケンタッキー州の製造工場建設現場(同社WEBより)

精製・再製造に力を入れ欧州にも拡大するスタートアップも

レッドウッド・マテリアルズは、使用済みの電気自動車バッテリーを回収、分解し、ニッケル、銅、コバルト、リチウムなどの金属からEVバッテリーに使用できる新しい部品を製造している。 当初リサイクルに重点を置いていたが、精製と再製造にも取り組んでおり、必要に応じて自社の製品に持続可能な方法で採掘された材料を加えている。
今年初め、レッドウッドは米国エネルギー省から20億ドルの融資の約束を取り付けた。同社はその資金を利用して、ネバダ州カーソンシティの拠点を含む米国での事業拡大を計画しており、サウスカロライナ州チャールストン郊外に電池材料キャンパスを建設する計画を発表した。

レッドウッドの電池の正極、負極のリサイクル・プロセス

図2. レッドウッドの電池の正極、負極のリサイクル・プロセス (同社WEBより)

9月19日に、レッドウッド・マテリアルズは、欧州のEVバッテリー市場での足場を強化するため、リチウムイオン電池のリサイクル業者であるリダックス・リサイクルを買収したと発表した。リダックスの北ドイツの施設はブレーマーハーフェン港の近くに位置しており、年間 1万トンのバッテリーをリサイクルする設備が整っており、レッドウッドはヨーロッパ大陸全土からEVパックとバッテリーを輸送、リサイクル、精製することができるようになる。

第一世代の電気自動車用大型バッテリーが引退するのを約10年後に控え、リサイクル事業への競争が激しくなってきた。

(以上)

 

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
お役立ち資料

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
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