2023年6月号
米国がリードする、グリーン水素革命の加速と未来への転換

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今月は製造段階でCO2を排出しない「グリーン水素」についてお届けします。

米国で加速する「グリーン水素」投資

グリーン水素の普及が加速している。グリーン水素とは太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる電気を使って、水を電気分解して得られる水素のことで、製造過程でCO2を排出しない。米国で最も企業価値の大きいNextEra Energy社は今年5月に2百億ドル(約2兆 8千億円)をグリーン水素に投資する、と発表した[i]。同社は風力と太陽光への投資でここまで成長してきたが、今後は水素へ注力する。

NextEraはフロリダ州で水素パイロットプロジェクトを開発しており、今年稼働開始予定である。同社は大規模な太陽光発電プロジェクトをスタートし、フロリダ州にあるガス火力発電所の多くを水素エネルギーに転換することを計画している。また、NextEraは肥料生産会社CF Industries Holdingsと組んで、オクラホマ州に100メガワットのグリーン水素施設と450メガワットの再生可能エネルギーを建設する計画を発表した。同社はグリーン水素が大きなビジネスチャンスを産むと見ている。

米国政府も後押しする。米国エネルギー省はグリーン水素の生産、加工、輸送、貯蓄、利用を実証するためのグリーン水素ハブの構築に総額80億ドルを助成することを決めた。様々なプロジェクトが立ち上がり、石油・ガス、パイプライン、肥料メーカー等、多様な企業が参画している。6月には、米国政府は「U.S. National Clean Hydrogen Strategy and Roadmap」を発表した[ⅱ]。クリーン水素を2030年までに年間1000万トン、2040年までに2000万トン、2050年までに5000万トン生産する計画だ。民間部門と公共部門を連携させ、米国に新たな経済機会を創出し、黎明期の産業でグローバルリーダーになることを狙っている。これまでの炭素型の労働者に新たなスキルを身につけてもらう機会とも捉えている。

図1. 米国でのクリーン水素生産の拡大計画

図1. 米国でのクリーン水素生産の拡大計画(ソース:U.S. National Clean Hydrogen Strategy and Roadmap)

[i] https://www.wsj.com/articles/the-most-valuable-u-s-power-company-is-making-a-huge-bet-on-hydrogen-4c1896d

[ii] https://www.hydrogen.energy.gov/clean-hydrogen-strategy-roadmap.html

新たなエネルギーとして需要が高まる水素

水素は主に石油コンビナートや化学工業、製鉄業等で鉄鋼や化学製品の生成や、肥料の原料であるアンモニアの生成に利用されているが、長距離トラック等の輸送用燃料、オフィスや家庭での電力や熱の供給、エネルギー・ストレージ等への利用が促進されている。
国際エネルギー機関(IEA)は、世界の水素需要が2021年に9400万トンに達しており、2050年までにネット・ゼロ・エミッションを達成するためには、2030年までに2億トン近くが必要になると計算している。グリーンエネルギーとしての水素の大きな欠点は、世界中のほぼすべての水素が温室効果ガスを大量に消費するプロセス、つまり天然ガスを加熱して水素と二酸化炭素に分解するプロセスで生成されていることである。この種の水素は「グレー水素」と呼ばれ、化石燃料から製造され、その過程で発生するCO2を大気中に放出する。CO2を大気に放出せず、回収する場合は一段階クリーンということで、「ブルー水素」と呼ばれる。そして、「グリーン水素」は製造過程でCO2を排出しない水素である。

 

急がれる「グリーン水素」のコスト低下

昨年末に米国で可決されたインフレ抑制法に含まれる税額控除は、グリーン水素のコストをグレー水素と比べて競争力のあるものにすることをひとつの目的としている。米国内国歳入庁と財務省は、グリーン水素をどのように定義するかについての規則を作成している[ⅲ]
厳密な定義では、水素施設の電力消費量を時間単位で再生可能発電量と一致させることで、グリーン電力を使用していることを効果的に証明する必要がある。これに対し、NextEraや、他の多くの電力会社、産業用水素の消費者はより緩やかな定義を推進しており、電力網から引き込まれた電力 (その一部は化石燃料を使用して生成されたもの) を使用してグリーン水素を製造し、再生可能エネルギー証明書 (REC)を買うことにより年単位で関連する排出量を相殺する、という基準を進めている。マッチングが時間毎か年毎かで水素製造コストが大きく影響を受ける。

グリーン水素の価格は現在、1キロあたり約3ドルから26ドルの間となっている。エネルギー省は、新たな産業用途を実現するには1キロ当たり約1ドルとなる必要があると考えている。
業界団体であるThe Hydrogen Councilは、再生可能電力がメガワット時あたり13ドルで利用できるなど、適切な状況が整えば、水素製造コストは2030年までに1キログラムあたり1.40ドルまで下がる可能性があると考えている。

 

[ⅲ] https://www.wsj.com/amp/articles/the-fight-to-define-green-hydrogen-with-billions-of-dollars-at-stake-54a94a3f

カギとなる“電解槽”開発

グリーン水素生成では水を電解するのに電解槽を利用する。電解槽は、再生可能電力をいかに安く利用できるかと、利用できる期間、つまり天候によって効率が左右される。主要な電解槽メーカーは20社ほどあり、スタートアップも加わり、新しい技術開発に取り組んでいる。

図2. 米国の電解槽の展開状況

図2. 米国の電解槽の展開状況(1MW以上、設置済みと設置計画含む。ソース:U.S. National Clean Hydrogen Strategy and Roadmap)

4月にはシリコンバレーのグリーン水素製造のOhmium社が2億5千万ドル(約350億円)の資金を調達したと発表した。同社の電解槽はモジュール式でスケーラブルな陽子交換膜 (PEM) 電解槽システムを開発、製造している。同社の電解槽は年間最大50トンの水素を生成でき、100% 再生可能エネルギーを使用、電解槽のコストは2、3十万ドル程度である。年間製造能力2GWを目標とし、米国、欧州、インド、中東などの地域でのプロジェクトを推進する。

ビルゲーツのブレークスルー・エナジー・ベンチャーズも支援するElectric Hydrogen社は5月にマサチューセッツ州にギガファクトリーをオープンすると発表した。2024年第一四半期に100MWの電解槽の商用化を開始し、同工場は年間1.2GWの製造容量を持つ。競合他社には電解槽のみを販売している企業もある中、同社はプラントを販売、コンポーネントを統合しプラント全体で効率化とコスト削減を図る。電解槽はPEMベースで、高電流密度で熱と劣化を管理する。

グリーン水素の加速化は、持続可能な未来への鍵となる。米国はその可能性を見出し、覇権争いに乗り出した。今後の動向が期待され、世界はその進展を注視している。グリーン水素が持つパワーと革新性が、地球環境の保護とエネルギーの転換にどのような影響を与えるのか、目が離せない。

(以上)

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