AXの教科書
第10章 AX推進者は、経営者であるべき

――連載のまとめと、最後の問い。「これを誰が進めるのか」
連載も残すところ2回となりました。今回は、ここまで渡してきた道具を1枚の地図に総ざらいしたうえで、最後の、そして最も大事な問いに答えます。
連載の総ざらい――AX推進の2軸の地図に、道具を載せる
最後の問い――これを、誰が進めるのか
多くの会社の現実から話を始めます。
実は、多くの会社では、AXがうまくいくか失敗するか以前に、そもそも動き出せていないか、動き出してはいてもAXの方針が定まらず、個々の施策が噛み合っていません。関心はある。危機感もある。しかし、誰が旗を振り、どこへ向かうのかが決まらないまま、様子見やばらばらの取り組みが続いている。
ようやく動き出した会社も、多くはこういう形を取ります。「若手のITに強い社員をAI推進担当に任命した」「現場の有志でAI活用チームを作った」。現場に推進者を立てて、任せる形です。
この形は、一見健全に見えます。しかし、ほぼ確実に同じ場所で止まります。
現場任せでは、「点」の改善で終わる

図:現場任せのAXが越えられない3つの壁
現場の推進者がどれだけ優秀でも、越えられない壁が3つあります。
部門の壁。 推進担当が自部門の業務を便利にすることはできます。しかし、部門をまたぐ業務の流れを組み替えることはできません。第8回で見た、仕事の渡し方や確認のあり方を変えるような取り組みは、他部門の仕事の仕方を変えることを意味します。一担当者に、その権限はありません。
組織を変える壁。 評価制度に挑戦を組み込む、仕事の渡し方のルールを変える、全社員ワークショップを開く。ボトムアップ軸の成果を組織に固定する打ち手は、すべて経営が決めることです。
ビジネスモデルを変える壁。 第9回で見た外部環境の変化への対応――市場でのポジショニングを変える、採用の方針を変える、提供価値を作り直す――は、会社の進路の変更そのものです。これを現場から動かせる会社はありません。
つまり、現場任せのAXは、構造的に「点」の改善で止まるのです。点の改善にも価値はあります。しかし、AX(AI Transformation)という言葉が指すのは、AIを前提にした会社そのものの変革です。部門を横断して業務の線引きを変え、組織の形を変え、稼ぎ方を変える。これはもはや、経営者の仕事そのものです。
だから、結論はこうなります。AX推進者は、経営者であるべき。
現場任せ度セルフチェック
自社がこの罠にはまっていないか、5つの質問で確かめてみてください。
- AI活用の目的を、経営者が自分の言葉で説明できない
- 経営者自身が、AIをほとんど使ったことがない
- AIの取り組みが、特定の部門の中だけで完結している
- AIベンダーとの定例の場に、経営層が出ていない
- 取り組みの根拠が「他社もやっているから」になっている
3つ以上当てはまるなら、その会社のAXは、まだ始まっていないと考えたほうがよいでしょう。厳しい言い方ですが、裏を返せば、経営者が主語になった瞬間に始められるということでもあります。
経営者が「前線で旗を振る」とは何をすることか

図:経営者が前線で旗を振る 4つの役割
念のためにお伝えすると、経営者がすべてを自分でやる、という話ではありません。前線で旗を振るとは、次の4つを経営者自身が担うことです。
自分が最初のユーザーになる。 毎朝30分でも、AIに業務の相談をしてみる。見積もりのたたき台を作らせてみる。経営者が日常的にAIを使っている姿は、どんな号令よりも強いメッセージになります。私自身、新しいAIツールが出たら、まず自分の業務で使い倒してみることにしています。自分で触ってみて初めて、「ここはAIに任せてよい」「ここは人がやるべきだ」という判断ができるからです。第6回の定着の4つの打ち手にあった「経営層からのメッセージ」は、言葉だけでなく行動で発するものです。
方向を決める。 人がすべき業務は何か。外部環境はどう変わるという仮説を持つか。自社はどこに立つか。トップダウン軸の意思決定は、代行できません。
部門をまたぐ判断を下す。 承認の階段を外す。部門横断の業務の流れを組み替える。現場から上がってきた「点」の成果を、「面」に広げる判断をする。
やめる決断をする。 効果の出ない取り組みを止める。古いツールを捨てて入れ替える。撤退の判断こそ、経営者にしかできない仕事です。
ケーススタディ
事例①:従業員25名の建設会社
IT担当者はゼロ。社長自身が毎朝30分、AIで見積もりのたたき台を作ることから始めました。1週間で勘どころをつかみ、「社長がやってるなら」と現場監督が一人、また一人と続きます。数ヶ月後には、AIが全社の日常ツールになっていました。トップダウンの号令ではなく、経営者自身の行動が、最も説得力のあるメッセージだった例です。
事例②:従業員400名の食品メーカー
当初「AI推進室」を新設し、専任チームに任せました。しかし1年経っても成果が出ません。推進室は技術の調査ばかりで、現場の課題とつながっていなかったのです。経営者は推進室を解散し、各部署の若手を兼務の推進係に任命し直したうえで、自らが月次で全部署の進捗を見る形に変えました。現場の課題と解決策が直結し、経営者が部門横断の判断を即座に下せるようになったことで、半年で全社の景色が変わりました。体制の組み替えという経営判断が、突破口になった例です。
明日からの動き出し方
この回の内容を、3つの行動に落とします。
明日と言わず今日から、経営者であるあなた自身がAIを使ってみてください。次に、幹部と「あの業務、なぜ人間がやってるんだっけ」という会話をしてください。第2回の業務の3カテゴリ分類が、そのまま議題になります。そして、AX推進の2軸の図を、経営会議の定番の1枚にしてください。上の軸と下の軸、それぞれ今月どこが進んだかを確認するだけで、AXは経営の習慣になります。あわせて、業務の3カテゴリ分類の仕分け結果も、この場で定期的に見直してください。AIの進化とともに、「今は人が担うべき業務(B)」は「AIに任せる業務(C)」へ移っていきます。第2回で「分類は定期的に見直す前提で行うもの」とお伝えしましたが、その見直しの場が、この経営会議です。
次回はいよいよ最終回。視野を会社から社会へ広げ、AIが変える未来と、それでも変わらないものの話をします。
今回の要点
- 現場任せのAXは、部門・組織・ビジネスモデルという3つの壁に阻まれ、「点」の改善で終わる
- 部門を横断して線引き・組織・稼ぎ方を変えるのは経営者の仕事そのもの。だからAX推進者は経営者であるべき
- 前線で旗を振るとは:最初のユーザーになる・方向を決める・部門をまたぐ判断を下す・やめる決断をする
著者

茨木 雄太氏
アンドドット株式会社 代表取締役
2017年頃からソフトウェアエンジニアとして様々な業界の新規事業開発に携わる。2020年にject株式会社を設立し、新規事業開発支援を通して企業成長。2023年に生成AIに特化したアンドドット株式会社を設立。
法人生成AI活用普及協会(GUGA) 協議員 / 情報経営イノベーション専門職大学 客室教員 / ”Nasa Space App” 最優秀賞 /“QTnet TUNAGU ” 最優秀賞



第5回でお伝えした通り、AXの王道はAX推進の2軸――トップダウンとボトムアップの両輪です。この地図の上に、連載の道具を並べ直してみます。
準備編(第1〜4回)の道具。 AIを第4の経営資源と捉える視座。業務を「人の本質業務(A)」「今は人が担うべき業務(B)」「AIやシステムに任せる業務(C)」に仕分ける業務の3カテゴリ分類(トップダウン軸の第一歩「人がすべき業務の定義」で使う)。AIの実力をLv.1〜Lv.5の5段階で測る生成AIの5つのレベル(ボトムアップ軸を進める前提知識)。
ボトムアップ軸(第6〜8回)の道具。 AI活用の当たり前化に向けて全社員を土台に引き上げるAIスキルピラミッドと定着の4つの打ち手。効率化で止まらないためのAIへの業務移譲の4段階。人がボトルネックにならない組織へつくり替える、AIネイティブ組織の6つの条件。
トップダウン軸(第9回)の道具。 自社の競争環境の変化と顧客の行動変化を、時間軸つきで見立てる外部環境変化マップ。
こうして並べると、見えてくることがあります。ボトムアップ軸の道具は、現場と一緒に使うものです。しかしトップダウン軸の道具と、両軸をつなぐ判断は――誰が使うのでしょうか。