AXの教科書
第9章 AI時代における自社環境と外部環境を考えてみる

AXの教科書

――トップダウン軸の応用編。自社の改善だけでは足りない理由
前回までの3回で、AX推進の2軸(第5回)のうちボトムアップ軸――AI活用の当たり前化(第6回)、業務の自動化(第7回)、組織デザイン(第8回)――を見てきました。今回は視野を大きく外に広げます。もう一つの軸であるトップダウン軸には、「外部環境の変化の仮説を立てる」という工程がありました。今回はその工程を深掘りする、この連載の応用編です。

自社の改善は、「自社都合」でしかない

ここまでの取り組みが進むと、社内には確かな変化が生まれます。間接費用が大幅に下がる。業務のスピードが上がる。自社のサービスにAIによる新しい価値を足せるようになる。どれも素晴らしい成果です。
しかし、立ち止まって考えてみてください。それらはすべて、自社の都合の話です。
いくら社内を磨いても、立っている土俵そのものが動いたら、意味が変わってしまいます。今売っている製品が、そもそも要らなくなるかもしれない。主要なターゲットにしている顧客業界そのものが、収縮してしまうかもしれない。AIは自社だけでなく、競合にも、顧客にも、同じように行き渡るのです。
自社の改善に取り組みながら、同時に「外」を見る。この両にらみが、トップダウン軸の要です。

外部環境変化マップ――2つの変化を、時間軸つきで見立てる

外部環境変化マップ(2つの変化 × 時間軸)
図:外部環境変化マップ(2つの変化 × 時間軸)

外部環境の変化を、感覚や気分で語っても経営判断にはなりません。体系的に考えるための道具として、外部環境変化マップをお渡しします。変化を2つの型で捉え、それぞれに「いつ来るか」の時間軸を置く、という見立て方です。

変化①:自社の競争環境の変化
自社と同じ土俵で戦う相手と、戦い方のルールがどう変わるか、です。
中心にあるのは技術の一般化です。これまで自社の強みだった技能や知見が、AIによって誰でも手に入るものになっていく。熟練者にしかできなかった見積もりが、デザインが、分析が、AIを使えば標準的な品質で誰にでも作れるようになる。強みだと思っていたものが、気づけば「当たり前の水準」になっているのです。
もう一つが参入障壁の変化です。これまで10年の経験と50名の人員が必要だった事業を、AIと数名のチームでこなす会社が現れ得ます。業界の外から、あるいは創業時からAIを前提に事業を組み立てた会社――いわばAIネイティブ企業――が、身軽な体制で参入してくる。「創業以来の実績」は、彼らにとって障壁にならないかもしれません。

変化②:顧客の行動変化
自社が向き合っている顧客そのものが、どう変わるか、です。第4回の最後に「ユーザーの消費活動の変化」「クライアントやパートナー企業の変化」という2つの外部要因を予告しましたが、それがまさにこの変化②にあたります。
まず消費行動の変化。個人の顧客は、商品を比較し選ぶ行為をAIに手伝わせるようになります。検索して自分で選ぶ時代から、AIに「私に合うものを」と聞く時代へ。そうなると、選ばれるための戦い方が根本から変わります。
次に顧客企業のビジネスモデルの変化。法人顧客は、これまで外注していた業務をAIで内製するようになるかもしれません。「頼む必要がなくなった」という理由で、発注そのものが消える。逆に、顧客が新しい事業に踏み出し、これまでなかった依頼が生まれることもあります。
そして最も大きいのが業界そのものの収縮・組み替えです。顧客業界の仕事がAIで大きく圧縮されれば、その業界を主要ターゲットにしてきた自社の市場も連動して縮みます。自社は何も変わっていないのに、売り先が変わってしまうのです。

時間軸を置く――すでに起きているのか、2〜3年先か、5年より先か

2つの変化を洗い出したら、それぞれに時間軸を置きます。区分は3つで十分です。
すでに起きている。 対応は待ったなし。今期の経営課題として扱う変化。
2〜3年で来る。 いまから仮説を立て、準備を始めるべき変化。中期の打ち手の対象。
5年より先。 いま慌てる必要はないが、視野に入れて定点観測しておく変化。
大切なのは、この見立てが当たるかどうかではないということです。未来を正確に予測できる人はいません。それでも時間軸を仮説として置くから、経営チームで議論ができ、半年後に「見立ては合っていたか」と見直せる。仮説を置かなければ、議論も見直しも始まりません。

業界別に見る――すべての業界が、同じ速さで変わるわけではない

このマップの使い方を、業界の例で見てみます。最初にお断りしておくと、すべての業界が同じ速さ・同じ深さで変わるわけではありません。そして、変化が大きい業界ほど、先に動いた会社にとっての機会も大きい。変化は脅威と機会の両面で読んでください。

士業・専門サービスは、変化がすでに起きている業界です。
書類作成、リサーチ、定型的な相談対応といった業務は、AIによる代替がすでに始まっています(変化①の技術の一般化)。同時に、顧客の側でも「簡単な相談ならまずAIに聞く」という行動変化が進みます(変化②)。専門知識を提供するだけの仕事は縮み、顧客の状況に踏み込んだ判断と伴走の価値が残る、という構図です。

受託型のサービス業(制作、開発、事務代行など)は、2〜3年の時間軸で「AIと相性のいい業務の価格が崩れていく」変化と向き合う業界です。 すべての受託が内製化されるわけではありません。ただ、顧客企業がAIで「自分でできる」領域を広げれば、その分の発注は減っていきます(変化②のビジネスモデル変化)。内製化されなかったとしても、AIを武器に「一人分の人件費で、あらゆる制作や開発を請け負う」ような低単価の受託が現れる可能性があります(変化①の参入障壁の変化)。どちらに転んでも、AIと相性のいい業務を、今の単価のまま成り立たせ続けることは非常に難しい。一方で、顧客のAI活用を助ける側に回れた会社には、新しい仕事が生まれます。同じ変化が、立ち位置によって逆の意味を持つ好例です。

製造業は、変化の現れ方が工程によって異なる業界です。 設計や見積もりといった頭脳労働の部分では技術の一般化が2〜3年で進み、「見積もり回答の速さ」のような新しい競争軸が生まれます(変化①)。一方、現場の製造そのものへの影響は、より長い時間軸で進みます。どの工程がいつ変わるかを分けて見立てることが大切です。

こうして業界ごとに、2つの変化と「いつ来るか」を書き出していくと、漠然とした「AIで世の中が変わる」という不安が、「うちの業界では、この変化が、この時間軸で来る」という具体的な見立てに変わります。

外部環境と自社環境を重ねる

外の変化 × 内の変化 を重ねる
図:外の変化 × 内の変化 を重ねる

最後に、外の変化と内の変化を1枚に重ねます。
自社環境の変化は、大きく2つです。コスト構造が変わる(AI活用の当たり前化と自動化の成果として間接費用が下がり、身軽になる)。提供価値が変わる(AIによってサービスに新しい価値を足せるようになる)。
この内側の2つと、外側の2つの変化を突き合わせてみてください。「顧客業界が縮むなら、身軽になったコスト構造で、どの新しい市場に出るか」「技術の一般化で強みが薄れるなら、AIで足せる新しい価値のうち、どれを次の強みに育てるか」。外を知ってはじめて、自社の変化の使い道が決まるのです。
そして、この見立ては採用にも直結します。人がすべき業務が変わり、外部環境が変わるなら、「これからどんな人を採るべきか」の答えも変わる。第5回でお伝えしたトップダウン軸に「採用と市場でのポジショニングの再定義」という工程があったのは、このためです。

演習:経営チームの議題にする

この回の内容は、一人で読んで終わらせないでください。経営チームで1時間、次の3つを議論することをお勧めします。
自社の業界を、2つの変化(自社の競争環境の変化・顧客の行動変化)で見立てると何が起きそうか。それぞれの変化は「すでに」「2〜3年」「5年より先」のどれか。そのうえで、「2〜3年で来る変化」に対する打ち手を、1つだけ挙げるとしたら何か。
答えが出なくても構いません。この議論を半年ごとに繰り返すこと自体が、外部環境の変化に強い経営をつくります。
次回はいよいよ連載のまとめです。ここまで渡してきたすべての道具を1枚の地図に並べたうえで、最後の問い――「これを誰が進めるのか」に答えます。

今回の要点

  • 社内の改善は自社都合の変化にすぎない。土俵そのもの(外部環境)が動くことを前提に考える
  • 外部環境変化マップ:変化を「自社の競争環境の変化」「顧客の行動変化」の2つの型で捉え、「すでに/2〜3年/5年より先」の時間軸を仮説として置く
  • 見立ては当てるためではなく、議論し、見直し続けるためにある

著者

茨木雄太

茨木 雄太氏

アンドドット株式会社 代表取締役
2017年頃からソフトウェアエンジニアとして様々な業界の新規事業開発に携わる。2020年にject株式会社を設立し、新規事業開発支援を通して企業成長。2023年に生成AIに特化したアンドドット株式会社を設立。
法人生成AI活用普及協会(GUGA) 協議員 / 情報経営イノベーション専門職大学 客室教員 / ”Nasa Space App” 最優秀賞 /“QTnet TUNAGU ” 最優秀賞