AXの教科書
第8章 AI時代の組織デザイン
――人がボトルネックにならない組織へ

――ボトムアップ軸の仕上げ。個人の活用を、組織の仕組みに変える
前回、業務を「効率化」で止めず「自動化」まで進めることの大切さをお伝えしました。今回はボトムアップ軸の仕上げとして、個人の活用を組織の仕組みに変える話をします。
AXは、組織設計に大きく依存する
AIが数分で終えた仕事が、人の承認待ちで数日止まる

図:AIは数分。でも人の承認待ちで数日止まる
自動化が進んだ会社で、実際に起きていることです。
AIが受注データを数分で処理する。しかし社内ルールで「課長の承認」が必要なため、課長の出張が明けるまで3日止まる。AIが顧客への回答案を即座に作る。しかし「ベテランの確認」を通す決まりのため、その人の手が空くまで案件が滞留する。
一つひとつの確認には、それなりの理由があったはずです。しかし冷静に見ると、AIの処理速度に、人の確認の仕組みが追いついていない。よかれと思って挟んだ人のチェックが、会社のスピードを決める一番遅い部品――ボトルネック――になってしまうのです。
人を挟むことは、安心材料に見えます。しかし必要のない場所に人を配置すれば、自動化の効果は消え、業務は人の都合で停滞します。AI時代の組織デザインの中心課題は、まさにここにあります。人がボトルネックにならない組織を、どう設計するか。
「AIネイティブな組織」とは、どんな組織か

図:AIネイティブな組織 6つの条件
ここで、承認ルールの手直しのような対症療法に走る前に、一段深く考えたいことがあります。この問題は、ルールが古いから起きているのではありません。組織そのものが「仕事は人だけで回す」前提のまま作られているから、形を変えて何度でも現れるのです。問うべきは、「AIがいることを前提にした組織とは、そもそもどんな組織か」です。
本連載では、その姿をAIネイティブな組織と呼びます。AIがいることを前提に、仕事の流れ・組織の形・データ・制度までが設計し直されている組織のことです。その姿は、次の6つの条件で描けます。①組織図最適化、②推進体制、③制度、④仕事のスタンス、⑤指示系統、⑥データ。順に見ていきます。
①組織図最適化――AI前提のチーム・階層・教育に組み替える
実際、AI活用が進んだ組織では、チームが小さくなっていく傾向があります。少人数でも高いパフォーマンスを出せるうえ、大きな組織ほど組織内での伝達・承認・調整といった間接業務が増え、AI活用の効果を最大化できないからです。ぜひ、自社に合った組織図を作って頂ければと思います。
とはいえ、組織は明日から変えられるものではありません。だからこそ大切なのが、現状の組織図(As-is)と、AIを前提にした組織図(To-be)を、経営として定義しておくことです。今、どの部門に何人がいて、どんな仕事を担っているのか。AIへの移譲が進んだとき、チームはどんな形になり、人はどこで価値を出しているのか。この2枚を並べて初めて、どこから手をつけるか、どこに投資するか、どんな人を採用するか、という順番の議論ができるようになります。
そして、このAs-is/To-beは、経営の引き出しにしまい込まず、できれば現場にも展開してください。会社がどこへ向かおうとしているのかが見えると、「自分はどのスキルを磨けばいいのか」「なぜ今、この領域の採用を強めているのか」が現場にも腑に落ち、日々の行動につながりやすくなります。ただし、ひとつだけ注意があります。組織図の話は、受け取り方によっては「自分の居場所がなくなるのでは」という不安に直結する、センシティブな情報です。人を減らす・増やすという人事の話としてではなく、「仕事の中身がこう変わっていく」という役割の話として伝える。この配慮だけは、決して欠かさないでください。
②推進体制――全社の窓口と、現場にAI推進者を置く
組織図とあわせて欠かせないのが、AI活用の推進体制です。AI活用が止まる会社の理由は、実は単純で、「困ったときに聞ける人がいない」ことが少なくありません。ツールの選び方が分からない、うまく動かない、この業務に使っていいのか判断できない――その都度立ち止まっていては、活用は広がりません。だからこそ、AI活用のトータル窓口と、気軽に聞ける人を、組織としてはっきり置いてください。
形は、組織の規模によって変わります。人数の多い大手企業なら、AX推進室のような全社組織が舵取りをしつつ、各部署にAI推進者を置く形が定石です。推進室だけで完結させて現場に推進者を置かないと、現場業務の解像度が粗いまま議論が進み、「現場業務×AI」の推進がそもそも進みません。300名以下の規模なら、専属のAI推進者を1名置くだけでも景色が大きく変わります。さらに小さな会社なら、兼業のAI推進者でも、役員が旗振りと推進の両方を担っても構いません。必ずしも専業である必要はないのです。
大切なのは、役職を作ることそのものではなく、「この人に聞けばいい」と全社にアナウンスし、気軽に聞ける空気をつくることです。質問専用のチャットチャンネルを作る、月1回の相談会を開く。窓口の存在が知られているだけで、一人ひとりの「試してみよう」のハードルは目に見えて下がります。
③制度――人事とガバナンスをAI前提に更新する
3つ目の条件は、制度です。ここまでの条件を長く機能させる土台として、2つの制度を更新します。
1つ目は人事制度との紐付けです。採用では、AIへの親和性――新しい道具を面白がれるか、環境の変化に適応できるか――を要件や指標に加える。AIの進化が続く以上、この適応力を持つ人が、長期にわたって活躍してくれる人です。評価では、AI活用への挑戦そのものを評価項目に加え、「試したがうまくいかなかった」という報告が不利にならないようにする。そして、経営者自身の反応も制度の一部です。挑戦して失敗した社員に、「なぜ失敗したんだ」と責めるのか、それとも「何が分かった?」と次につなげようとするのか。この反応ひとつで、社員が安心して次の挑戦に踏み出せるかどうかが変わり、組織全体の空気が決まります。
2つ目は柔軟かつ明快なガバナンスです。第6回で「最低限のルール」の話をしましたが、組織として定着させる段階では、もう一歩踏み込みます。使っていいツールは何か、なぜそれは使っていいのか。新しいAIツールを使いたいときの申請方法。ハルシネーション(AIがもっともらしい誤りを出すこと)や著作権をはじめとするリスクへの向き合い方。ツールごとに、どの区分のデータまで入力していいのか。これらが、分厚い規程ではなく、誰が読んでも分かる形で整理されていること。そして、社会や技術の変化に合わせて柔軟に変え続けること。明快さが安心を生み、柔軟さが陳腐化を防ぎます。
なお、組織と制度が変わっていく過程では、「AIに仕事を奪われるのではないか」という不安が必ず生まれます。この不安を無視することも、根拠なく打ち消すことも、最悪の対応です。不安は正面から認めたうえで、方向を示す。「あなたの仕事がなくなるのではありません。あなたの仕事の中身が変わるのです。」そのうえで、第2回の業務の3カテゴリ分類を全社員参加のワークショップとして実施し、一人ひとりに自分の業務を仕分けてもらう。①のTo-beの組織図とあわせて共有できれば、会社の向かう先と自分の仕事の変化が、一本の線でつながります。自分で仕分けたからこそ、変化を自分の設計として受け入れられるのです。
④仕事のスタンス――AIが叩き台を作り、人が仕上げと判断を担う
AIネイティブな組織では、仕事の基本形が変わります。人間がゼロから作ってAIに直させるのではなく、AIが0→1の叩き台づくり(あるいは自動実行)を担い、人間がそれをレビューし、編集し、承認する。この進め方を、日々の仕事のスタンスとして定着させます。
この型に切り替えたら、仕事の前提もあわせて引き直します。AIと相性のいい業務は、人数や納期を「人がやる前提」のままにしない。数日かかっていた見積もり回答が数時間で返せるなら、納期の約束も、担当の人数も、それに合わせて組み替える。そして、冒頭の承認待ちの問題にも、ここで答えが出ます。人の確認が要らなくなるのではなく、確認の中身が変わるのです。作業が正しいかを一つひとつ見張るのではなく、方向が正しいか、例外をどう扱うかを判断する。人の仕事の中心は、仕事の流れを設計し、方向と例外を判断し、顧客や仲間に感情を届けることへ移っていきます。
⑤指示系統――人→人だけでなく、人→AIへの指示を最大化する
これまでの組織では、仕事が発生したら「誰にやってもらうか」を考えるのが当たり前でした。AIネイティブな組織では、この順番が変わります。人に渡す前に、「これはAIに渡せないか」を確認する。人から人への指示だけでなく、人からAIへの指示の回数を増やしていくのです。
忘れてはならないのは、AIでこなせる仕事を人に依頼することは、その相手の時間を奪うということです。悪気なく頼んだ集計や下調べに、相手が半日を使う。AIなら数分で終わったはずの仕事に、です。だからこそ、AIでこなせるタスクは、遠慮なく、積極的にAIへ指示してください。上司から部下への指示も、部門をまたぐ依頼も、「まずAIに渡せないか」を全員が考える。この習慣が根づくほど、人に届く仕事は「人でなければできない仕事」に絞り込まれていきます。第7回でお伝えしたAIへの業務移譲の4段階を、一人ひとりの指示の出し方にまで落とし込む、と言ってもよいでしょう。
⑥データ――徹底したデジタルデータ主義を貫く
最後の条件は、データです。AIは、デジタル化されたデータしか読めません。紙の契約書、ホワイトボードの板書、記録に残らない口頭のやり取り――どれだけ価値のある情報でも、デジタルになっていなければ、AIにとっては存在しないのと同じです。
だからこそ、AIネイティブな組織は徹底したデジタルデータ主義を貫きます。商談の音声も、契約書も、日報も、議事録も、すべてデジタルデータとして残す。データが揃っていれば、組織を横断した検索ができ、加工も分析もAIに任せられます。第3回で見たLv.3(データ・ツール連携AI)の価値は、つながる先のデータがあって初めて生まれます。裏を返せば、データのデジタル化は、AI活用の効果を左右する、最も地味で最も確実な投資です。
ケーススタディ
事例①:従業員70名の不動産管理会社
AI導入の話が出たとき、事務職の社員から「私たちの仕事がなくなるのでは」という声が上がりました。社長は全社集会でこう明言します。「誰も解雇しません。AIで事務作業が減った分、オーナー対応と入居者対応の品質を上げる。それが、うちの次のステージです。」
意外な展開が起きました。最も不安がっていたベテラン事務職の社員が、「AIが下書きし、自分が仕上げる」働き方の第一人者になったのです。長年の業務知識があるからこそ、AIの出力の良し悪しを瞬時に見抜ける。彼女の経験は、AIに置き換えられるどころか、「AIの品質を見極める目」という新しい価値になりました。
事例②:従業員300名の物流会社
受注処理の自動化を進めたところ、処理そのものは速くなったのに、受注から出荷までにかかる時間は、ほとんど縮みませんでした。調べてみると、自動処理の後に「係長確認→課長承認」という従来の階段がそのまま残っており、そこで毎回止まっていたのです。
経営者は、確認のあり方を見直しました。定型の受注は担当者の確認のみ、条件から外れるものだけ上長へ。あわせて「確認ポイントの見直し」を半年ごとの定例にしました。承認の階段を外した業務は流れが一気に速くなり、上長は例外案件の判断という本来の仕事に集中できるようになりました。
組織デザインは、経営者にしかできない
仕事の渡し方のルールも、To-beの組織図も、推進体制も、人事制度やガバナンスも、共通点があります。どれも、現場の一存では変えられないものだということです。
ボトムアップ軸は現場から積み上がりますが、それを組織の仕組みとして固定するのは経営の仕事です。ここに、連載の最終盤のテーマ――AXの推進者は誰か――がつながっていきます。
その前に、次回は視野をぐっと外に広げます。ここまでの話はすべて「自社の中」の話でした。しかしAIが変えるのは、自社だけではありません。自社が立っている土俵そのもの――外部環境がどう動くかを考える、応用編です。
今回の要点
- 自動化が進むと「人の承認待ち」が会社のスピードを決めるボトルネックになる
- AIネイティブ組織の6つの条件:①組織図最適化(小さなチーム×AI、As-is/To-beの定義)②推進体制(全社の窓口と現場のAI推進者)③制度(人事とガバナンスの更新)④仕事のスタンス(AIが叩き台、人が仕上げと判断)⑤指示系統(人→AIの指示を最大化)⑥徹底したデジタルデータ主義
- AIでこなせる仕事を人に頼むことは、相手の時間を奪うこと。「まずAIに渡せないか」を全員の習慣にする
- 推進体制は規模で変える。大手はAX推進室×各部署のAI推進者、300名以下なら専属1名からでも景色が変わる
著者

茨木 雄太氏
アンドドット株式会社 代表取締役
2017年頃からソフトウェアエンジニアとして様々な業界の新規事業開発に携わる。2020年にject株式会社を設立し、新規事業開発支援を通して企業成長。2023年に生成AIに特化したアンドドット株式会社を設立。
法人生成AI活用普及協会(GUGA) 協議員 / 情報経営イノベーション専門職大学 客室教員 / ”Nasa Space App” 最優秀賞 /“QTnet TUNAGU ” 最優秀賞



第1回で、AIは「ヒト・モノ・カネ」に次ぐ第4の経営資源だとお伝えしました。ここで一度、自社の組織図を思い浮かべてみてください。その組織は、いつの前提で設計されたものでしょうか。
部署の分け方、階層の数、チームの人数、上司と部下の役割。今の組織の形は、そのほとんどが「仕事は人だけで回す」という前提――AIという資源が存在しなかった時代の前提――で作られています。ボトムアップ軸でどれだけAI活用が進んでも、その器である組織が人だけの時代の設計のままなら、AIの力は組織の形に押し戻されてしまいます。AXの成果は、組織設計に大きく依存するのです。
AI前提で見直すと、当たり前だと思っていた仕組みが揺らぎ始めます。
たとえば、教育や評価です。新人への業務指導は先輩や上司の仕事とされてきましたが、業務知識の伝達や日々の質問対応は、AIがかなりの部分を担えるようになります。成果の可視化や、評価のもとになる事実の整理も同じです。極端に言えば、これらはいずれAIにできてしまう仕事です。
仕事の回し方も変わります。これまでの組織の基本形は、業務経験のある上司が複数の部下に指示を出し、業務を並行して進めさせるというものでした。しかし第7回で見た自動化――業務の流れをAIが進め、人は確認だけに回る形――が使えるなら、その上司が部下を介さずAIに直接指示したほうが、圧倒的に速く正確に回る場面が生まれます。「人を束ねるための階層」の一部は、静かに役割を失っていくのです。
とはいえ、明日から組織図を書き換えろ、という話ではありません。組織の作り替えは、日々の業務の設計から始まります。そして、その設計を怠ると、前回の最後に予告した問題が起きます。