2024年1月号
シリコンバレーVCが2024年ヘルスケア業界における10の予測を発表

シリコンバレーレポート

シリコンバレーの老舗ベンチャーキャピタルであるBessemer Venture Partnersが、2024年のヘルスケア、およびライフサイエンスの業界における展望を発表した[i]

[i] https://www.bvp.com/atlas/2024-healthcare-and-life-sciences-predictions

ヘルスケア・セクターに関する10の予測を紹介

同社は、今年のトレンドとして、長寿医療、オープンソースのAIモデル、その他A Iに基づく新たなビジネスチャンスが生まれると予測し、これにより、ヘルスケア・セクターがますます魅力的な投資分野となるとの見解を示している。以下、同社の予測を紹介する。

図1 Bessemer Venture PartnersのWEBより

(1) ヘルスケア専門投資家達の積極的な投資

2023年はヘルスケ・セクターへの投資は大幅に減少した年だった。ヘルスケアにフォーカスした投資家は引き続き積極的な投資を行う一方で、ヘルスケアが専門でない投資家が投資を控える傾向が見られた。2024年も同様な傾向が続くと予測される。
PitchBook のデータによると、2023 年には米国のヘルステック・スタートアップへの投資案件は 490 件で、約 110 億ドルの資金が投資された。投資総額で見ると、前年比で18%減少し、2021年のピークからは57%減少している。2024 年では専門外の投資家が離れ、経験豊富なヘルスケア専門の投資家達がスタートアップに資金を提供することが予測される。これにより、ヘルスケアスタートアップは多大な恩恵を受けることが期待される。また、IPOの回復、AI による新たな機会、規制面での追い風により、ヘルスケア・セクターへの投資は非常に魅力的なものとなる。

(2) ヘルスケア関連スタートアップと既存大手企業との提携増加

2024 年はヘルスケア関連スタートアップと既存大手企業との提携が増加する見通しである。
スタートアップが持つ革新的な製品が、実績のあるヘルスケア企業の流通チャネルを通じて販売されることが期待される。これに伴い、ホワイトラベルでの提供(既存ブランドからの販売)や収益の分配等、契約条件もより成熟してくる。
既存大手企業はスタートアップにないデータを所有するため、両者のパートナーシップはデータとその活用に関するものが中心となる。これらのパートナーシップが最終的に大手企業による新興企業の買収につながる可能性もある。

(3) ヘルスケアAIスタートアップにチャンス

オープンソースモデルの普及がヘルスケア AI スタートアップに新たなチャンスをもたらす。2024 年はオープンソースモデルと小規模で特化型のモデルの人気が引き続き高まると予測される。
オープンソース モデル (例: Hugging Face Hub で共有されているモデル)、および/またはクローズドソースモデル (例: GPT-4 や Claude 2.1)) を活用すると、モデル使用のあらゆる側面での透明性と完全なコントロールが可能になる。より小規模で特殊なモデル (オープンソースまたはクローズドソース) は、GPT-4 のような大規模な基盤モデルと比較してコスト効率が良く、ヘルスケアAI スタートアップは高額な API 料金を支払わずに済み、全体的な効率と収益性が向上する。
スタートアップは、高性能 なAI モデルへのアクセスが可能になり、独自のデータによる差別化、優れたユーザー・エクスペリエンス、シームレスな他システムとの統合と導入等で、製品機能をこれまで以上に差別化することが求められる。

(4) ヘルスケア、バイオメディカルAI規制による変化

規制によりデータプライバシー、AIによる検証、インフラストラクチャ監視への投資が促進される。プライバシー、データ、および実環境のモデル資産を監視するためのコンプライアンスを重視したプラットフォームを提供する企業が大きく成長する可能性がある。
興味深いことに、2024 年に向けて、サイバーセキュリティは医療システム部門の幹部にとって最優先の調達項目となっている。これは、ヘルスケアにおけるサイバーセキュリティに関する広範かつ永続的な課題を反映していると考えられるが、同時に、現在知られていないような敵対的攻撃の対象領域がAIにより急速に拡大しているという新たな現実も反映している。バイデン政権の大統領令を背景に、主要な官民機関と協力して医療 AI の標準とインフラストラクチャを開発、展開しているCoalition for Health AI (CHAI) のような組織のリーダシップが期待される。
安全性と倫理の問題は、モデル開発から実世界でのモニタリングまで多岐にわたる。2024年はヘルスケアおよびバイオメディカルAIにおける規制の内容がより明確になると思われる。モデルの実際のパフォーマンスを評価するためのフレームワーク等が整備されてくる。さらに、プライバシーとデータ資産の管理を促進する技術がますます活用されることが期待される。

(5) 長寿医療/予防医療への注目度が高まる

2024年は長寿医療/長寿サイエンスと予防医療が一層、注目を集める年になる。
高齢化社会が進む中、社会および個人のレベルでも、老化を遅らせ、健康寿命を延ばしたいという要求が強まっている。この背景から、マルチモーダルなアプローチ(ウェアラブル等様々な手段から得られるバイタルデータ等)かつ長期的なデータ活用が注目され、消費者に自分の健康状態の包括的な視点を提供し、パーソナライズされた提案をしてくれる製品やサービスがビジネスチャンスとなる。例えば、自分の健康のためのAI パーソナル マネージャーなどがその一例である。慢性疾患の代表である心臓病、癌、神経変性疾患、2型糖尿病に対処する治療法と診断法の継続的な研究も進んでいる。

(6) 「価値ベースの医療提携モデル(VBC:value based care」の台頭

心血管系などの特定の分野では次世代の治療薬、診断、医療費の支払いモデルが注目を浴び、新しい「価値ベースの医療提携モデル(VBC:value based care」が台頭することが予想される。VBCでは治療に要した労力でなく、医療提供者が患者の健康の結果と提供したサービスの質に基づいて報酬を受け取る。
2024年は心臓病、神経、腎臓、腫瘍などの分野に焦点を当てたVBC のモデルの可能性が引き続き試行される。新しい支払いモデルと新たに承認された高額な治療薬や診断によってイノベーションが推進される。例えば、体重減少のためのGLP-1受容体作動薬の新規治療薬により、心血管疾患の治療や入院の大幅な減少が期待され、全体的な医療コストが削減されることが期待される。さらに、新しい高度な診断と介入により、入院から外来への移行が可能になり、患者ケアに大きな価値がもたらされるだろう。

(7) より効果的なリスク評価が可能に

リスク調整(保険プランの加入者の医療結果や医療費を見る際に、基礎となる健康状態や医療支出を考慮する統計的プロセス)のデータ検証や健康公平性指数の算出などは、テクノロジーによる破壊の余地が十分にある。
AI とソフトウェアは、公平性を確保しながら治療結果を最適化し、より効果的にリスク評価するのに役立つ可能性がある。

(8) バーチャルクリニック等の革新的なケアプロバイダー組織へのリプレイス

自己資金による医療プランを提供している企業や雇用主は、医療費削減へのプレッシャーが増大しており、プライマリケアと、現在では高コストカテゴリーの専門ケアの両方について、スケーラブルなバーチャルクリニックを含む革新的なケアプロバイダー組織との価値ベースの契約に期待している。この傾向は 2024 年まで続くと予想される。
さまざまな支払いモデルやプロバイダーとのリスク共有契約への新たな関心が高まることが期待される。

(9) 続くインフレ抑制法の影響

2024年もインフレ抑制法の影響に関するあいまいな状況が続く見込みである。米国ではこれまで薬価を規制せず、薬価が高騰する一因とされてきた。しかし、インフレ抑制法により、65歳以上の高齢者向け医療保険メディケアが製薬会社と薬価を直接交渉する権限が与えられ、薬価が抑制されることになる。この影響で、製薬会社は大きな適応症を優先し、バイオ医薬品より見込まれる利益が低くなる低分子薬や希少疾患に対する薬剤の開発停止や発売延期を検討している。例えば、Relay Therapeutics社は希少がんに対する自社薬剤 RLY-4008 (リラフグラチニブ) の開発を一時停止すると発表している。2024年もこの動向が続くことが予測されている。

(10) AIを活用した創薬と開発

2024年はAIを活用した創薬と開発が伸びると期待されている。大手製薬会社は医薬品開発において、AIを積極的に活用している。最近では大手製薬会社にとって、バイオテクノロジースタートアップの買収が社内研究開発を補完する役割を果たしており、新しい技術や特許を獲得することで売上成長に寄与している。
2024 年においては、大手製薬会社はAI先行のバイオテクノロジー企業との提携が増加し、AI に深く参入すると予測される。

 

以上、Bessemer Venture Partnersの予測によれば、2024年はヘルスケアおよびライフサイエンスの分野は非常に魅力的な投資先となる一年となりそうである。AIなど、これからますます進化する技術と革新に注目し、これらのトレンドを取り入れる企業が今後の成功につながるだろう。

 

(以上)

著者

川口 洋二氏

Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

 
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