2022年6月号「注目を集める温室効果ガス排出管理ベンチャー」

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。アメリカでは企業の気候変動対策について厳しい報告が義務付けられるようです。今号では温室効果ガス排出量に関するソリューションを提供するベンチャーをご紹介します。

 

注目を集める温室効果ガス排出量管理ベンチャー

米国のベンチャー投資も調整局面に入ってきたが、企業が温室効果ガス(GHG)排出量を計測し、削減、報告するのを支援するベンチャーが注目を集めている。
カーボン会計や排出量管理のベンチャーが数多く台頭しており、例えば、Watershed社は企業向けの温室効果削減のソフトウェア・プラットフォームを開発しており、今年に入って超有力ベンチャーキャピタルのセコイアキャピタルとクライナーパーキンスから2回目の資金調達で約80億円を調達した。
創業して2年あまりで企業価値は一千億円を超え、ユニコーンの仲間入りしたと言われている。
Watershedのアドバイザーには、国連でクライメート・ファイナンスに携わり、プライベート・エクイティのBrookfield Asset Management社のトップ役員でもあるMark Carney氏、国連でクライメート分野のトップ役員のChristiana Figueres氏等が名前を連ねる。

企業に求められる気候変動対策への高い目標

米国では企業が気候変動対策について高い目標を立て、実行に移すことを投資家、アクティビストから強く要求されている。
米国の規制当局も温室効果ガス排出の開示を要求する方向に動いている。これまでも企業は排出量を開示してきたが、基準がまちまちで統一されておらず、投資家からルールの必要性を指摘されていた。

米国証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission、略称: SEC)は今年の3月21日に上場企業に対して温室効果ガス排出量等の気候変動関連リスクを開示することを要求する規則案を提示した。
スコープ1(自社直接排出量)とスコープ2(購入電力等の間接的排出量)の温室効果ガス排出量開示を義務付ける。
また、スコープ3(サプライヤー等の取引先の排出量)についても、企業が影響が大きいと考える場合には報告が求められる。
共和党、米商工会議所は規則案について非難、規則案の変更を求める、と表明しており、最終的な規則は早くても今年末になると見られている。
企業の最初の報告義務は2024年からとなる見通しだが、そのためには2023年のデータが必要となり、時間の余裕がない。
なお、スコープ3の排出量の開示については最初の報告から一年の猶予が与えられている。

より高度なソリューションを提供するWatershed社

Watershed社のソリューションは排出量の計測、削減の目標設定と実行、進捗状況についての規制に準拠した報告を提供する。
単なるカーボン管理ソフトウェアに止まらず、排出量削減のための様々なプロジェクトにアクセスできるマーケットプレイスも提供している。

まず、計測についてはサイエンスに基づく最新のカーボン会計を提供する。
同社のカーボンデータ計測エンジンは企業の全ての事業ラインについて国際的基準であるGHGプロトコルに基づきスコープ1、2、3の排出量を分析、算出する。
さらに近年導入が増えたリモートワーク、クラウドコンピューティング、暗号通貨、フード、アパレル等について、最新の計測手法を開発している。
例えば、クレジットカード決済のSquare社はWatershedを使ってサプライヤーであるビットコインのマイニング事業者のCO2排出量を数字化できた。
Watershedは、最近の政府関係資料や学術研究、レポート等から導き出した数万に及ぶGHG排出のファクターを同社の測定基準に取り入れている。
企業は財務データ、出張、オフィスビル等のデータをWatershedのシステムにアップロード、あるいはAPIでシステム間をリアルタイムで繋ぐことで、数週間で排出量を把握できるようになる。
ダッシュボードで見える化し、同業他社の平均的なデータと比較することもできる。

自社のGHG排出量の把握ができたら、削減の目標を設定、行動に移すのを支援する。
Watershedは将来の排出量の予測エンジンを持ち、企業は詳細な排出削減計画を構築できる。
世界自然保護基金等の共同イニシアチブであるサイエンス・ベースト・ターゲット・イニシアチブ(SBTi)の基準に準じたネットゼロのゴールを設定できる。
サポートについてもWatershedの社内にマッキンゼー、アップル等で先進的な気候変動プログラムを率いた専門家を持ち、企業は外部コンサルティング会社を使わなくても済む。

サラダ専門店スイートグリーン社の排出量削減事例

サラダ専門店のスイートグリーン社はGHG排出量をより正確に把握するため、材料のサプライヤーに対して農場のより詳しい情報をWatershedのシステムに入力するように促した。
例えばチーズのサプライヤーは牛の飼料の種類、入手経路等の情報を提供し、スイートグリーン社はその情報をベースにサプライヤーを選定したり、もっと排出力を減らすようにサプライヤーに要求することができる。
スイートグリーン社は、Watershed社のシステムを使うことで、推測でなく事実に基づいて排出量の議論ができるようになったし、サプライチェーン全体でGHG排出量を削減することができ、インパクトも大きい、と満足している。

Watershedは社内の削減努力だけで対応できない場合のカーボンオフセットやカーボン削減プロジェクトを探すことができるマーケットプレイスも提供している。
企業が質の高いプロジェクトをダッシュボードから簡単に発見し、投資できるようにしている。例えば、空気からのカーボン回収技術、ブルーカーボン/海洋肥沃化(ミネラル供給)、植林再生林等の森林化、バイオ炭等、最新のカーボン排出技術に投資ができる。昨今問題になっている質の悪いカーボンオフセットを避けるため、Watershedの専門家の審査に合格したプロジェクトだけがマーケットプレイスに参加できる。

Watershed社はサステナビリティの戦略をもつ先進的な企業を最初の顧客ターゲットにしている。
顧客はツイッター、エアービーアンドビー、オンデマンド・フードデリバリーのドアダッシュ、決済プラットフォームのストライプ等、カリフォルニアのテック系企業が多い。
創業者三人は元ストライプの社員で、ストライプは最初の顧客の一社となっている。ロシア産ガス供給の大幅減に伴うドイツの石炭回帰、化石燃料企業への投資需要の高まり等、ESG投資に逆風も吹いているが、気候変動対策ベンチャーに投資が集まっているのは心強い。

(以上)