2022年3月号「変化する米国ベンチャー投資業界」

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners 川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今号はベンチャー投資市場の変化についてご紹介しています。

 

1.米国ベンチャー投資はマクロ経済の不透明化に伴い、見直し局面へ

米国のベンチャーキャピタル業界に新たな変化が起きそうだ。ウクライナ情勢、インフレ、株式市場のボラティリティ(値動き)の高まり、テクノロジー株の急落、等のマクロ経済の不安定化のため、ベンチャー投資家は投資戦略の見直しを余儀なくされている。昨年は公開株と未公開株の両方に投資するクロスオーバーファンドが注目され、タイガーグローバル等のヘッジファンドがレート・ステージのベンチャーへの投資を活発化、企業価値が高騰し巨額の投資が実行された。今年に入って、ベンチャー投資条件の算定企業価値の見直しが行われている。

 

3月16日にCarta社が公開した最新のデータによると、株式市場の混乱が及ぼすベンチャー企業の資金調達への影響はレート・ステージのみならず、アーリー・ステージにまで及んでいる。Carta社は2021年の11月から12月と2022年の1月から2月の2ヶ月間のベンチャーの資金調達額について、シリーズAからシリーズCについて比較した(図1)。それによると、資金調達額の中間値ではシリーズCで37%減と調達額の下げ幅が最大となっているが、シリーズAの中間値も14%下がっている。資金調達額の平均値でみると、シリーズAが29%減とレートステージより下げ幅が大きくなっている。

米国ベンチャーの資金調達額の変化

(ソース:Carta

2.アーリー・ステージ投資への影響の波及

多くのレート・ステージのベンチャーは昨年までに高い企業価値で巨額の資金を調達し、また今年になってIPOの窓がほぼ閉じてしまったため、レート・ステージ投資が魅力的でなくなり、アーリー・ステージ投資への注目が高まっている。

ヘッジファンドのタイガーグローバルは昨年レート・ステージのベンチャー投資を活発化させたが、今年に入ってエンジェルリスト・ベンチャーの約110億円の資金調達にリード投資家として参加したことが判明した。

エンジェルリストは2010年にエンジェル投資家と起業家をマッチングするサイトとしてスタートし、2020年に投資系のエンジェルリスト・ベンチャーと人材採用系のエンジェルリスト・タレントに分社した。タイガー・グローバルはエンジェルリスト・ベンチャーへの出資により、創業期のベンチャーの情報にアクセスできるようになる。昨年はレート・ステージ投資が大きく変動した一年だったが、今年はこれまで比較的変化の乏しかったアーリー・ステージの投資がどのような変化を遂げるのか、注目される。

3.ベンチャーデットが活発化、新興企業も参入

ベンチャーデットも活発化している。株式市場の値動き変動が激しく、ベンチャーのエクイティでの資金調達で株価の算定が難しくなり、ベンチャーデットでの調達が短期の資金調達手段として魅力的なものになっている。有利な株価で資金調達ができるようになるまでのつなぎ資金として、デットを利用できる。銀行等の既存のベンチャーデットのプレーヤーだけでなく、最近になってベンチャーデットの提供を開始したフィンテック・ベンチャーもある。

 

ベンチャーデットは設備、データセンター、リース等に利用されるのが理想だが、オペレーティング・コストに対してもデットを提供する金融機関もあり、起業家はリスクを正しく認識する必要がある。近い将来にエクイティでの資金を調達できる可能性が大きいベンチャーには利用を検討する価値がある。人気が高いベンチャーには競ってデットの融資の提案が行われており、レバレッジを効かせる立場になってきている。Pitchbook社のデータによると、ベンチャーデットを利用するベンチャーの数は、過去10年間で3倍以上に増加している。

 

米国のベンチャー投資業界は未公開と公開の垣根がなくなるクロスオーバー化(公開株投資家のベンチャー投資への参入、その逆パターン等)、投資額の巨大化、投資業務の変化(投資のデューデリジェンスのアウトソース、取締役をとらない、投資後の提供付加価値の考え方)等、近年変化が目まぐるしく、今年はマクロ経済の不安定化によりますます変化が加速すると思われる。

(以上)