2021年10月号シリコンバレー・レポート「クリーン鉄鋼」

シリコンバレーレポート

Delta Pacific Partners川口 洋二氏がお届けするシリコンバレーレポート。今号では、製造業に欠かせない鉄鋼製造でカーボンゼロを目指す企業を紹介します。

CO2排出ゼロの鉄鋼製造へ

鉄鋼業界のCO2排出量は日本の排出量の1割強、製造業の中では4割強を占めていると言われている。工業化社会を支える鉄鋼の生産を維持するため、サステナブルでコストの安いソリューションが求められている。米国のボストン・メタル社は基本的には何千年も変わっていない鉄鋼生産方式に挑戦、CO2排出ゼロの鉄鋼を製造することを目指している。同社は電気を使用して原料酸化物から高純度の溶融金属製品を作り出す「溶融酸化物電気分解:Molten Oxide Electrolysis(MOE)」という方式の量産製鉄技術への応用に取り組んでいる。このプロセスは温暖化ガスを排出せず、再生可能エネルギーを利用すれば完全に排出ゼロが実現できる。環境に優しいだけでなく、既存の方法よりも効率的で安価な革新的な鉄鋼製造プロセスにより、鉄鋼業界のクリーン化をリードする。

既存の鉄鋼製造方法は環境に悪影響を及ぼす。現在、1トンの鉄鋼を生産するたびに、2倍の約2トンのCO2が大気中に放出されている。現在、年間の鉄鋼生産量は約20億トン(世界貿易センタービル4万個分、エッフェル塔25万個分)で、鉄鋼業界は年間約40億トンのCO2を排出しており、これは年間CO2排出量の約8%に相当する。鉄鋼の主な生産方法は高炉(鉄鉱石を熱処理して鉄を取り出す)と電気炉(鉄スクラップを原料として資源の有効化)の2種類だが、どちらも残念ながら副産物としてCO2が発生してしまう。

年間の鉄鋼生産量の75%を占める高炉法では、最終製品に至るまでにいくつかの中間工程が必要となる。まず、石炭を非常に高い温度で加熱し、コークス(濃縮炭素)にする。コークスと鉄鉱石を高炉に入れ、熱風を吹き込むと、コークスが燃えて一酸化炭素が発生する。一酸化炭素は、鉄鉱石と反応して鉄の分子を放出し、酸化物の分子と結合してCO2を生成する。溶けた鉄を酸素転炉に入れ、純酸素を吹き込むと、残った不純物が取り除かれ、液体の鉄になる。

電気炉は投入する材料として鉄スクラップを利用する。しかし、鉄は建築物等の長年使用される構造物に多く使われており、簡単に回収できず、鉄スクラップは容易に入手できないのが問題である。直接還元された鉄を原料とすることもできるが、その場合、天然ガスを使用して、複雑な還元プロセスを行わなければならない。したがって、電気炉が鉄鋼生産の主要な方法になること難しいようである。

ボストン・メタル社のMOE技術

ボストン・メタル社のMOE技術は、2010年のMITのDonald Sadoway教授とAontoine Allanore教授による不活性アノード技術の研究成果に基づいている。鉄鉱石を燃焼せず電気分解することで排出物を出さず、CO2排出ゼロで鉄鋼を作るという破壊的なプロセスを持つ。MOEで課題であった、電気分解の過程での高熱と腐食に耐えられる電極が同社の強みである。

ボストン・メタル社は今年1月にシリーズBでビルゲーツが率いるBreakthrough Energy Venturesや世界最大手の鉱業会社BHPのベンチャー・キャピタル部門等から約55億円の資金を調達した。不活性アノード技術の商用規模での有効性を検証し、まずは高価値の合金鉄の製造に取り掛かり、その後鉄鋼への応用に取り組む。ボストンに年間2万5千トンの鉄を製造できるデモ用の工場も建設する。

世界の鉄鋼企業の動向

ボストン・メタル社以外にも多くの企業が鉄鋼生産のCO2削減に取り組んでいる。欧州では、石炭の代わりに水素を使用するシステムが試験的に導入されており、ブラジルでは、一部の製鉄所で農業廃棄物を原料としたバイオ炭を混合することが試されている。水素を利用する方法もあり、アルセロール・ミッタル等が取り組んでいるが、新しいプラントを建設するだけでなく、水素を生産、輸送、貯蔵するために多額の費用が必要となる。安価な鉄鋼の世界でこれらのプロジェクトが経済的に成り立つためには、水素や再生可能な電力の価格が大幅に下がり、二酸化炭素の価格が上がらなければならない。他に、石炭の使用を継続しながらも、炭素回収装置を導入して排出量をゼロにすることを検討している企業もある。

安価な中国製の鉄鋼と競合できる価格競争力も重要である。この点については、排出量の少ない鉄鋼の購入を推奨するか、既存の方法により製造された鉄鋼を高価にする政策を打ち出す動きがでている。例えば、カリフォルニア州では、州が支援する建設プロジェクトでは、使用される鉄鋼やその他の材料に関連する炭素排出の総量を制限している。

自動車メーカーや建設会社は、軽量のアルミニウムやプラスチック、さらには木材の使用も進められている。しかしながら、その有用性から鉄鋼の需要は大きく伸びており、この傾向は今後20-30年間は続くと見られている。私たちの消費パターンが変わらないと仮定すると、鉄鋼の需要は2019年の19億トンから2050年には25億トン以上に増加すると予想されている。今のペースで開発を持続させるためには、製鉄の脱炭素化が急務である。