2025年5月号
自動車業界の常識を覆す、塗装なし、手動窓で思いのままにデザイン可能なEV

ジェフ・ベゾス氏が支援するミニマルEV「Slate Truck」
ミニマリスト設計:無駄を削ぎ落としたEVの新常識
現代の自動車は、巨大なタッチスクリーンやコネクテッド機能、運転支援システムで溢れている。
例えば、テスラのサイバートラックは最先端の技術をふんだんに搭載しているものの、価格は米国での連邦税控除後でも約65,000ドル(約940万円)に達し、もはや一般の消費者にとっては手の届かない存在となりつつある。
Cox Automotiveによると、新車購入の場合、平均月々の支払い額は、2019年1月の537ドルから今年3月には739ドルに急騰した[i]。新車の平均価格は4万7400ドルで、電動モデルは約5万9200ドル。現在72ヶ月ローンで約9.4%という高い金利は、車をさらに経済的に厳しいものにしている。
一方、Slate Truckは「必要十分」を追求する。塗装もされておらず、ステレオやタッチスクリーンもない。その代わり、自分のスマホやタブレットを載せられるマウントを標準装備。スピーカーは別売り、ウィンドウは手回し、冷暖房は物理的なダイヤルで操作する。インターネット接続はなく、ソフトウェアのアップデートはスマホを利用する。これにより、製造コストと修理コストを大幅に削減している。
Slateのミニマリスト設計は、自動車の「デジタル過多」に疑問を投げかける。Jalopnik[ii]は「1980年代のトラックを現代的に再解釈」と評し、過剰な機能が不要なユーザー、例えばフリート、週末だけの利用、若年層に訴求する。平均新車価格47,400ドルの市場で、20,000ドル程度のEVは価格障壁を打ち破る。
消費者が「欲しい機能だけ選ぶ」文化を根付かせ、テスラやGMの高価格モデルに対抗する新潮流を生む可能性がある。
図2. Slate Truckのシンプルな内装 (同社WEBより)
[i] https://www.coxautoinc.com/market-insights/march-2025-vai/
[ii] https://www.jalopnik.com/1843154/slate-auto-electric-truck-suv-customizable-design-specs-details/
サステナビリティとコスト削減
Autopianによると、Slate Truckのボディは、塗装なし、ポリプロピレン複合素材(基本的にプラスチック)で作られている[i]。この素材は、旧Saturn車で使われた技術を進化させたもので、傷やへこみに強く、リサイクル可能だ。
塗装工程を完全に排除し、ビニールラップ(500ドル~)でカラーやデザインをカスタマイズできる。ラップはSlate社がキットを提供し、個人でラップできる。Car and Driver[ii]は、塗装なしで製造コストを30%削減、CO2排出量を20–30%低減できると推定している。車両重量は3,600ポンドと軽量となり、低電力消費を実現する。
既存の自動車産業は、塗装工程で電気、溶剤を使い、廃棄物を生む。
トヨタは、ケンタッキー工場に新しいペイントショップを建設するために9億2,200万ドルを投資した。塗装車は現代の車を作るのに最も難しい部分の1つである。Slateの「塗装なし」アプローチは、環境負荷を劇的に減らし、テスラのギガファクトリーのような巨大設備を不要にする。このモデルは、他のEVメーカーに低コスト・低環境負荷の製造を促し、業界のサステナビリティ基準を再定義することになるだろう。
[i] https://www.theautopian.com/slate-auto-is-building-the-anti-gigafactory/
[ii] https://www.caranddriver.com/news/a64564869/2027-slate-truck-revealed/
消費者主導の設計:モジュラー設計とカスタマイズ
「Slate Truck」は、50程度のアクセサリーと25のスターターパックで、多様なカスタマイズを可能にする。ユーザーへは、ルーフラック、リフトキット、シートカバー、さらにはSUV変換キット(2シーターから5シーターへ、5,000ドル)も提供されている。
モジュラー設計により、アクセサリーは標準工具で取り付け可能となっている。フラットパック式SUV変換キットは、後壁をテールゲートに再利用し、センサーでロールケージ接続を確認。クラウドベースのSlate Makerコンフィギュレーターは、3Dレンダリングでプレビューをリアルタイムで確認できる。
Slateの「ブランク・スレート」コンセプトは、メーカーが仕様を決めるのではなく、消費者が車両をパーソナライズするDIY文化を促進する。
NY Timesは「消費者主導の設計が自動車の未来」と評価[i]、WIREDは「Slateは自動車産業の消費者主導を再定義する」と予測している[ii]。
アクセサリー販売(平均数百~数千ドル)は収益源となり、FordやGMの固定モデル販売に挑戦する。カスタマイズの自由度の高さは、EV購入意欲が高い(約40%)若年層や、柔軟な運用を求めるフリート需要を惹きつける。
この潮流は、メーカー主導の自動車業界の設計哲学を、より消費者中心のアプローチへと大きく揺り動かす可能性がある。
[i] https://www.nytimes.com/2025/05/13/business/slate-auto-electric-truck.html
[ii] https://www.wired.com/story/slate-auto-electric-pickup/
アンチ・ギガファクトリー:米国内の小規模工場モデル
Autopianが「アンチ・ギガファクトリー」と呼ぶように[i]、Slateはテスラの巨大工場モデル(ギガファクトリー)を否定し、射出成形を活用した小規模工場で生産し、設備投資を抑制する。インディアナ州ウォーソーの工場は1.4百万平方フィート程度で、元は印刷工場だった。2026年末に納車開始、2027年に15万台/年の生産を目指す。
Slateは射出成形でポリプロピレン部品を製造し、従来の巨大プレス機が必要なくなる。設備投資とエネルギー消費を削減し、生産コストを最適化する。SK-On(米国工場)のバッテリー(52.7kWhまたは84.3kWh、航続距離150–240マイル)を採用し、サプライチェーンを米国中心に構築、トランプ政権の関税問題を回避する。
テスラのギガキャスト(車体一体成形)やリビアンの高い投資モデルは、新興メーカーに参入障壁を課している。Slateの小規模工場モデルは、資本集約度を下げ、地方経済(1,000人以上雇用)を活性化する。このアプローチは、他のスタートアップに地域密着型生産を奨励し、業界の製造パラダイムを変革する。
[i] https://www.theautopian.com/slate-auto-is-building-the-anti-gigafactory/
課題と、市場からの高い期待感
Slateには課題もある。航続距離150マイル(標準バッテリー)は都市部向けだが、Ford Maverick(400-500マイル)やChevy Equinox EV(319マイル)に劣る(ただし、Slateはバッテリーオプションで240マイルまで航続可能)。全輪駆動なし、牽引能力1,000ポンドはオフロードや重作業に不向きである。インフォテインメントの欠如は、デジタル慣れした消費者にとってスパルタ的でもある。生産遅延や品質問題も、新興メーカーの典型的なリスクだ。
これらの制約にも関わらず、TechCrunchによると、わずか2週間強で10万件以上の予約が殺到したという[i]。低価格、カスタマイズとサステナビリティは、若年層や環境意識の高い消費者に響く。アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス、ロサンゼルス・ドジャースのオーナーのマーク・ウォルターらの支援は、Slateの実行力を裏付ける。そのうち、アマゾンで購入可能となるかもしれない。
[i] https://techcrunch.com/2025/05/12/slate-auto-crosses-100000-refundable-reservations-in-two-weeks/
Slate の挑戦
Slate は、ミニマリスト設計、ポリプロピレン素材、モジュラーカスタマイズ、低コスト生産で、自動車産業の常識を覆す。テスラのハイテクやFordの高価格モデルに対抗し、シンプルさと手頃さを武器に、消費者主導のEV市場を創出する。2026年の出荷開始が成功すれば、Slateは、低価格EVの普及、サステナブルな製造、DIY型カスタマイズの新時代を牽引するだろう。興味があれば、Slate Makerコンフィギュレーター(https://www.slate.auto/en/slatemaker)で自分だけのEVトラックをデザインしてみて頂きたい。
(以上)
著者
川口 洋二氏
Delta Pacific Partners CEO。米国ベンチャーキャピタルの共同創業者兼ジェネラル・パートナー、日本と米国のクロスボーダーの事業開発を支援する会社の共同創業兼CEOなど、24年に渡るシリコンバレーでの経歴。NTT入社。スタンフォード大学ビジネススクールMBA。

DXの終焉と 新たな破壊サイクルAXの始まり
(アーカイブ配信)

2025年4月25日、米国の電気自動車(EV)業界に久しぶりにソーシャルメディアを賑わすニュースがあった。
米国ミシガン州のスタートアップのSlate Auto社は、27,500ドル(米国連邦EV税額控除後約20,000ドル(約290万円))という、米国では驚異的な安さで、利用者が思いのままにカスタマイズ可能なEVピックアップトラック、「Slate Truck」を発表した[i]。
このトラックは、塗装なし、インフォテインメント・ディスプレイなし、昭和の懐かしい手動ウィンドウというミニマリスト設計を採用し、現在の自動車のデジタル化、複雑さ、高価格といったトレンドに真っ向から挑戦している。
また、利用者がDIYでn荷台の部分にシートを追加してSUVに変更したり元に戻したりすることも可能だ。
Slate Auto社は、単なるコスト削減を超え、独自の製造コンセプト、サステナビリティ、消費者主導のカスタマイズという点で自動車業界を根本から変革する可能性を秘めている。
そして、そのSlate Auto社を支援するのはAmazonの創業者ジェフ・ベゾスである。Newsweekによると[ii]、Slate Auto社はシリーズA,Bで合計7億ドル(約1千億円)の資金を調達している。
図1. Slate Truck(Slate AutoのWEBより)
[i] https://www.slate.auto/en/news
[ii] https://www.newsweek.com/slate-auto-confirms-funding-bezos-involvement-2069605